k-pop 沼は恋愛と一緒だ、ってことを熱く語るCARAT

明日はいよいよセブチのオンコン。
楽しみな気持ちと、少し前に観たバンタンのオンコンでのトラウマが(もちろん私個人の受け取り方の問題に過ぎないとわかってます)・・・ギリギリまでチケットを購入するのをためらわせました。
どうしてトラウマになったのか含め、いろいろ書いてみたいことはあるんだけど、今日はとりあえず、ゆるく今の気持ちを書いてみる。

k-pop 沼は(というか、誰かを推すというオタクの行為は)、
リアルな恋愛と、気持ちの推移は何ひとつ変わらないって思う(最初に断っておくけど、書いてる私はちょっと妄想得意な普通のおばさんです)。

以下、可愛い自分に置き換えて想像しながら読んでほしい。

私は少し前に、前から薄々気付いていた好きな人との方向性の違いってやつを認めざるを得ない決定的瞬間を迎えた。
私はもう昔のようにはこの人のこと愛せないんだ・・・嫌いにはなれないしきっぱり離れる勇気はない、けれどもう・・・昔と同じ気持ちには戻れない。
変わってしまった相手を悲しく思っていたけれど、時間が経つにつれ、勝手に自分の希望を相手に押し付けていただけ、受け入れられない私が去ればいいだけだよな、って悟った。悟っても傷は深くて、自分から愛を手放したショックから立ち直れないまま今にいたってる。
私よりもっともっと昔から支えていた彼女たちは、まるで売れないミュージシャンが売れた途端に田舎の同級生の彼女を捨てて都会できれいなモデルと結婚するような、そんな立場に置かれたようなもんじゃないか、それに比べたら私のショックなんてたいしたことないはずだ、と無理矢理落ち着こうとしている。

話は少し遡って、以前から友だちのカラットさん(仮名)に、すっごい素敵なセブチくん(仮名)てコがいる、と、勧められていた。
けれど私は、恋愛には一途なタイプなので、当初の私は、そんなはずはない、私の彼が一番だ、って、友だちの勧めをシカトしていた。し、なんなら逆に好きな人の布教をし続けていた(友人同士のたまのランチは、彼氏の自慢合戦)。
けれど、何度も勧められているうちに、ある時から、すごく気になり始めた(リアルな恋愛だと友だちの彼氏を好きになるのは危険行為)。
気になってくるともっと知りたいと思ってしまうループ、確実に恋の始まりだ。気付けば13人の区別がしっかりついてるし。イチ推しが見つかってしまうともう後戻りはできない。
まあ、今思うと、その頃すでに、彼の言動に不安を感じてはいたんだろう、私・・・。

セブチくん(仮名←しつこい)を好きになりつつも、私はどこかで、同じ失敗をすることが怖かった。
彼らは今や同じ親の元にいる。本人たちがどう思おうと、結局同じ成長過程を辿ってしまうのではなかろうか?そして私はまたいつかそのうち同じようにがっかりする日が来るんじゃないだろうか?

私はまた同じような人を好きになってるんじゃないの?
そしてまた、同じ失敗をするんじゃないの?
恋に臆病になる瞬間である。

そもそも私は彼らの親より、SM推しじゃなかったのか?もしくはCUBEの彼らと穏やかに生きていくのはどうだい?・・・という不安と迷いで、とても慎重にセブチ沼の手前で立ち止まっていた。
長くなっちゃったので、どうしてそれでも沼に飛び込もうと決めたかは改めて書くことにする。結論、私は、前の恋を大事な初恋の思い出として、彼らの幸せを願いつつ、新しい恋に全力投球中だ。
というわけで、明日は、オンコン。

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