0305

夜、散歩をする。
車や自転車なんかより何倍も時間をかけて、少しずつ前に進む。

きっと人生もこんな感じなんだと思う。自分の足で一歩ずつ進むしかない。
それは大変に疲れること。景色はなかなか変わらなくて面白くないし、雨が降ったり風が強かったりしたら最悪。目的地なんてものは無くて、「何のため」と問うても答えは出ない。
けれど時々、道端に咲いた花に心癒されたり、海の波の音に励まされたりする。そういったことを慈しみたいと思うから、この道を歩く。


人の心は読めない。頭の中を覗くこともできない。
いくら私が「この人は今こんなことを思っているだろう」と考えても、それは確かめようがない。確かめられないのなら、気にしない方がいいんじゃないのか。それでも他人の表情や仕草から必死に感情を読み取とろうとしてしまうのはなぜなのか。そうして読み取った感情に一体何の意味があるというのか。

私から見た私と、他者から見た私にズレが生じている時、どちらが本当の私なのだろうか。自分の目と他人の目のどちらを信ずるべきか、分からなくなる。
「あなたが大切にしている価値観はこれでしょ?」って言われて、「違うよ」とは言えずに、「そうなのかもしれない」と思ってしまう。自分の思考や感情に確信を持つことが難しい。

感情の存在は事実か。
自分の胸に手を当てる。心の声に耳を澄ませる。
そこで聞こえてきた声は本当に存在するものなのか。私はこれに従って体を動かしてよいものなのか。選択や決断をしてよいものなのか。
いつだって自分より他人の方が正しくて、自分を殺してしまえば世界は上手く回る。黙って人の言うことに従っておけば。
けれど、そうすると、私の中から小さな泣き声が聞こえてくる。彼女は言葉が達者じゃないから、誰も耳を貸さない。そうして彼女は存在しないことになっていく。
私が彼女を信じなかったら、一体誰が彼女を笑顔にしてやれるのだろうか。


一人で歩いていて、色んな人の顔を思い出す。
それは寂しくて、悲しくて、怖いから。
こんなに暗い道も、誰かと一緒なら、と思う。

一人でいること、こんなにも嫌いだったっけ。