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星と祭 番外編 二人の葬儀

2020年6月5日記

「ああ、いま湖北の中でも、一番北にいらっしゃる山門の善隆寺の十一面観音さまがお姿をお現わしになりました。何とも言えずきよらかでお健やかなお顔をこちらに向けて、山を背にしてすっくりとお立ちになっていらっしゃる。小柄で、全身お黒く、お腰の捻りは少い」
恰も、実際に善隆寺の十一面観音さまを遠くに望んでいるような、そんな大三浦の言い方であった。
「おや、その左手に海津の宋正寺の十一面観音さまのお姿があります。いつお現われになったのでございましょう。大きな蓮台お上に、ゆったりとお坐りになっていらっしゃいます。端麗なお顔、高く結いあげた十一の頂上仏。-おお、こんどは右手の方に、医王寺の十一面観音さまがお立ちでございます。医王寺の観音さまでございます。いつもは南面して、こちらに横顔を見せていらっしゃいますが、今夜は特別に、いまこちらをお向きになって下さいました」
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「湖北の御三尊に続いて、ああ、次々に、尊いお姿がお立ち下さいます。ああ、次々にお立ち下さいます。有難いことでございます。もったいないことでございます。このようなことがあっていいものでございましょうか。鶏足寺の観音さまが、石道寺の観音さまが、渡岸寺の観音さまが、充満寺の観音さまが。赤後寺の観音さまが、知善院の観音さまが、-」
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架山もまた眼を閉じた。瞼の上には、架山が想像したこともなかった世界があった。湖の北から東へかけて何体かの十一面観音が、湖を取り巻くように配されているではないか。いずれも十一の仏面を戴き、宋正寺は座像、他はいずれも立像である。知善院の十一面観音像だけは、架山のまだ見ていないものであった。

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