見出し画像

星と祭 その拾壱

2020年6月3日記

主人公 架山洪太郎が訪れた十一面観音の記録

11.円満寺 十一面観音立像

庫裡から本堂にはいる。本堂は外陣に当たるところには十六枚の畳が敷かれ、その奥の内陣は板の間になっていて、左右には八体ずつの羅漢像が置かれている。正面には、腰くらいの高さの須弥壇が設けられ、その上に小さい厨子が載っていて、その厨子の左右にはたくさんの小さい仏像が置かれている。厨子は小さい仏像で取り巻かれている感じである。外陣の、表からの入り口は硝子戸になっていて、光線はそこからはいっている。
正面の厨子の前に行って、その内部に収められてある十一面観音像の前に立つ。
「像高八十センチ、二尺七寸五分、昭和二十五年に重文の指定を受けております。一木彫りで、藤原時代の作だそうでございます」
夫人が説明してくれた。総体にまっ黒に古びてしまって、顔かたちもはっきりしなくなっている。頭に戴いている十一個の仏面は小さく、頭飾りのかげに匿れて見えにくい。
「古い感じがよく出ていて、結構ですね」
架山は言った。これまでに湖畔で拝んだ何体かの十一面観音像の中で、この小さい観音さまが一番古さを素直に身に付けているかも知れない。言い方をかえれば、それだけ、この観音像が経て来た過去の歳月というものは、容易ならぬものであるかも知れなかった。
・・・・・・
いかなる顔立ちであるかはっきりしていないが、何とも言えず静かで、いい感じである。自分の過去にどれだけの時間が降り積んでいるか知らない。何事が起ったか、いかなる事があったか、いっさい知らない。自分はただこうしていつもひとりで立っていただけである。-小さい十一面観音像はそう言っているかのようである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?