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【 踊りと写真 】Vol.2 kaworu編

「撮影の前に、打ち合わせをさせてください」

ヌード撮影を募集した俺の投稿に、kaworuさんと言うカメラマンがすぐさま反応してくれた。しかも、撮影の打ち合わせのために三重から遥々来てくれる。

新米モデルのためにここまで!ありがたかった。

お仕事があるので遅くなるという。夜のカフェに少し早くついて、コーヒーを飲んでいた。学生の時からとても気に入っていて、落ち着けるカフェだ。kaworuさん、もうすぐ来るかな…

「すいません、ラストオーダーです〜」
「え?」

コロナで閉店を1時間早めていたらしい。kaworuさんに連絡し、店を出た。

そこに財布を置き忘れたまま…。
これが始まりの合図だった。



河合塾がデカデカと見える、千種駅のロータリーでいったん落ち合った。俺は少し緊張していた。車から出てきた彼と挨拶し、サイゼに行きましょうと伝えた。

男性の方であることは、すでに聞いていた。kaworuさんは、落ち着いた笑顔に、見たことのない雰囲気を持っていた。彼は一見掴みどころがなく、意識の焦点がそれてしまう。たまにある現象だ。

それでも注意深く観察していると、彼自身も手探りで会話しているようだ。すぐにその理由がわかった。

「ヌードを撮るの、初めてなんです」

初めてで男性ヌードを?

「ある展示に、狩衣さんをモデルにして写真を出したいと思ってます」

その話を聞かせてもらい、感銘を受けた。それに俺を選んでくれるなんて、そんなありがたい話はない。

そもそもこの打ち合わせも、俺が初対面の人と野外で撮るのはNGとしていたからだ。それでも彼は野外を希望し、来てくれた。本音を言うと、俺も外で撮りたかった。撮影地の三重は美しい土地だ。そこに俺の肌を投影してみたい。

彼の話に夢中になった。俺も、自分のことをできるだけ詳細に語った。情報は多い方がいい。取捨選択するのは彼だ。

「すいません、ラストオーダーです〜」

俺は1000円ちょっと食べていた。元々食う方なのだ。お互い語り残した感があったが、お金がないという理由で解散になった。俺は顔を覆った。

駐車料金も借りてしまった。



撮影当日、指定された駐車場に赴き、kaworuさんの職場の裏手の倉庫に案内された。打ちっぱなしのコンクリートの空間に、お仕事用の備品が所狭しと積まれている。奥に行くと、円座の喫煙スペースと、なぜかボクシンググローブが置かれていた。

俺の両脇を、ガタイのいい男が固めた。
「久しぶりやな狩衣。話の続きは事務所でしようや。な?」

そんなシチュエーションに似ていなくもなかったが、実際には「県外から遥々いらっしゃったモデルさん」ということで丁重にしていただいた。そこで一旦、今回のメンバーが揃った。

スタイリスト志望の方にメイクをしていただき、現場に同行するアシスタントさんとも挨拶した。映画を撮りたいから、その勉強のためだという。夜勤明けのメイクさんはとはここで別れた。



廃線になったトンネルで撮る事になっていたが、それが急遽変更になった。

「下見したら、めっちゃ怖くて」

そうでしたか…

新たに提示された場所を、地図で見せてもらった。駅のすぐそばの土手だ。

「大丈夫、人ほとんどいないから」

OK、ほとんどね。俺は燃えてきた。
男性ストリップに出演志願までした俺の真価が、ここで問われる。



撮影は、見事だった。

kaworuさんのシャッターを切る瞬間の眼は鋭利で、歯は剥き出しだった。俺の体にピリッと緊張が走った。剥き出しの歯は「怒り」の象徴だと、古来から決まっている。出来上がりの写真にも刻印されていた。

何に対して?
それはわからなかった。

撮影は、効率が良かった。彼は最短で移動し、指示を出し、シャッターを切った。日本の古き職人のような。撮影にかかる時間は短かった。

移動用のガウンも休憩用の椅子も用意してもらい、落ち着いて自分の課題に集中させてもらった。ありがたい。ちょうど、日舞で立ち姿の改良に取り組んでいたところだ。それをポージングに活かすべく立ち上がり、骨の位置と筋肉の動きを確かめた。丹田を引き締め、胸をぐっと張った。

すると、視線の先に民家が並んでいた。最近建てられたであろう、30〜50代の一家が暮らすタイプの。いくつかのお宅は、洗濯物がはためいていた。平和の象徴のように。

気持ちの良い日曜の昼だ。対岸では一人の裸夫がカメラの前でポーズを取っていた。


ススキの中での撮影がひと段落し、土手のてっぺんに出ることになった。ガウンを羽織り、短い坂の葦をかき分けてアスファルトの道路に出たとき、俺は目の前の光景に思わず息を呑んだ。

夕暮れの、橋のかかった河川敷。
山、森、雲、強い西日。

視界一杯に広がったその景色が、心に焼き付いてしまった。

山間部は、難しい場所だ。こんな光景が美しいなんて、平野に住む人間の無い物ねだりだ。そうは思っても、俺は心を動かされた。この西日の中に溶け込みたくて、ガウンを脱ぎ、カメラの前に立った。

脱いだ瞬間の、アシスタントさんの「マジで?」という顔は見逃さなかったけど…


川に入ろう、という話になった。JRの橋脚は煉瓦造りで、とても写真映えした。kaworuさんは角度を得るために、靴を脱ぎ、膝まで水に浸かった。

こんな気合を見せられたら、俺も腰まで浸れる…!男とはそういう生き物なのだ。俺も川に入り、逆光の画角を撮影した。それでも流水がお肌に直に当たるのは堪えた。

俺は『おしん』の母親役、泉ピン子の撮影を思い出していた。あれに比べたらなんだ!真冬の東北に比べりゃ、11月の三重なんて夏だ!そう言い聞かせ、全神経、全筋力を集中させた。

すると本当に水が冷たくなくなった。俺は感激した。人間その気になればある程度のことはできる事を学び、泉ピン子に感謝した。でも金玉だけはおかしいくらい痛かった。


最後のカットは日没後。俺は言われるがままに暗闇の河原に立ち、特殊そうな機材の前で踊った。ここでもkaworuさんは仕事が早く、あっという間に終わった。

「もう大丈夫ですよ」

うまく撮れているといいが。想像がつかない。
とにかく今日の撮影は終わった。


もう今日は裸にならなくていいとわかると、とても寂しい気持ちになった。後ろ髪を引かれたが、焼き鳥に誘われたので同席させてもらった。

最後は七輪を囲み、アシスタントさんの映画愛に溢れたトークで締めくくられた。彼はホラー映画(!)を撮りたいという。シン・ゴジラや鬼滅の刃の話題で盛り上がった。




後日、写真の出来上がりを見て、俺は衝撃を受けた。

俺はメイクをしていた。これがガチガチに絵を引き締めていて、ようやくkaworuさんが何を狙っていたのか少しだけ理解した。

揮発性の高い彼の怒りが、画面中に充満していた。彼は、準備してくれていたのだ。しかし、写真を見る限り、俺は発火点としては及第点というところだ。画面が爆発するには、まだ足りない。

まだ2度目のモデル経験、焦ることはないのだが、少し悔しい。

日舞は日舞、写真には写真のポージングがあるのかもしれない。微妙な違いだが、土台が根本的に違う。俺にはまだ、その切り分けができていない。

明日のポージングを、ここからまた考えようと思う。