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『他者目線がない人の立場に立つ』という他者目線

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【軟水のたそがれ】
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毎週日曜日の夜に更新していきます!

この【軟水のたそがれ】は、

僕がTwitterで毎日更新している「軟水のつぶやき」を、深掘りするエッセイ。

新たな1週間が始まる前に、何か大切なことに気がつくキッカケになれば嬉しいなと思っています(*^^*)

・・・本日取り上げるツイートは、↓コチラ!

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自分が嬉しいと感じることと、相手が嬉しいと感じることは違う。

きっと『他者目線』には終わりがないのだけれど、自分の行動が相手にとって少しでも優しくなるように、努力はしていきたい。

僕が思う他者目線は、ひたすら「相手を知ろうとすること」

それは自分の受け取り方を変えることで、相手の望みを見極めていく、ということですね。

【与える時】と【受け取る時】の2パターンで、他者目線を考えていきます。

・・・こんな感じでいってみましょー!

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■与える時も何かを受け取っている



他者に与える

⇒相手についてすでに知っている情報から、相手の立場に立ってみて、何かを与えてみる

その際、自分が与えたものが「本当に相手の欲するものだったのかどうか」を確認し、その情報をしっかりと受け取ること。

その情報をもとに、
「これは喜んでもらえるんだ!」
「もっと喜んでもらえるものがあるかもしれない!」

と、今後の自分の行動を少し変えてみる。

人に何かを与える時は、必ずその相手から何かを受け取っている。
その自覚があるかどうか。

『受け取り方』が大切だと、僕は思うんよね。

例えば子どもにお菓子を買い与えたら、喜んで食べてもらえることが多い。

その時は、子どもが美味しそうに食べる様子だったり、ありがとう!という言葉だったり、子どもからの信頼感を受け取ることができるよね。

でも子どもがお腹いっぱいだったり、嫌いなお菓子を買い与えても、喜んではもらえない。

その時に与えるべきなのは、一緒に遊ぶ時間だったり、その子が遊んでいる様子を見守る姿勢だったり、別の楽しさだったりする。

その他者目線に立てるかどうか。

■基準は相手において責任は自分が持つ



他者から受け取る時

⇒1度受け取ってみるけれど、相手が何を与えたがっているかを想像してみる

そして、自分が要らないものや欲しいものをしっかり伝えて
「自分のことをもっと知ってもらうための情報」を、差し上げる。

気持ちを想像する際の『基準』は常に相手に置いて、他者目線を想像しきれなかったことの『責任』は、常に自分が持つこと。

他者目線って、与える時だけに発揮するものではなくて、受け取る時にも必要なもの。

相手と自分がどれだけ違うのかということを確認するためには、相手の異質な部分を、一度受け取ってみる必要がある。

だから『受け取り方』を工夫したい。

良かれと思って、自分がされたら嫌なことを与えられることもあるよね。

それは相手がコチラのことをよく知らないからであって、自分のことを伝えきれていなかったということだし、相手の無知を責めても仕方がない。

『他者目線がない人の立場』に立つという他者目線が大切で、そのために受け取り方が重要なんだろうなぁと。


これは、「僕は他者目線がある」という話ではないんす。

他者目線なんて、どの方向から物事を捉えるかで一瞬で変わってしまうから、正解がない。

だからこそ、一旦は相手の立場を肯定してみることが大切で、そのための受け取り方の工夫なんよね。

色んな物の見方があるから、表面だけで判断せずに、相手をまず知ろうとすることで、自分に対して興味を持ってもらえる。

自分のことを発信していても、見てもらえなければ知られないわけで、その前提としてコチラから知ろうぜ!って感じですね。

(よく受け取ってくれる人の発信は見たくなるしね♪)

■【さいごに】相手にNOを言わせて差し上げる優しさ

他者目線のない人の行動は、パワハラだセクハラだのハラスメント問題へ発展しがちだよね。

だけど1回くらい誘う(与える)チャンスがあることも、大切だと思う。

何より『断り方』が重要。

「自分がされたら嫌なこと」をされなくなると、断る機会そのものが減ってくる。

断り方が下手になると、自分がされたら嫌なことをされても、イヤ!と言えなくなる。

「相手がイヤだと思わなかった」という理由で、良かれと思った行動が、また起こる。

それをされた人は、ハラスメントだと感じるようになる。

誘う(与える)方も、断られる経験が少なくなると、自分以外の「されたら嫌なこと」と、接する機会がなくなってくる。

「自分がされたら嫌なこと」という汚いものを排除して、「自分がされたら嬉しいこと」という綺麗なものだけを残そうとすると、

『断り方』と『誘い方』が下手になるから、ますます他者目線が無くなってくる。

ハラスメントがループしちゃうから、断る時も誘う時も、相手の気持ちを『受け取る力』が大切になってくる。

・・・だから僕は「自分がされたら嫌なこと」であっても、他者に与えることがあってもいいと思う。

自分がされたら嫌なことは、誰かにとっての「されたら嬉しいこと」である可能性もあるから。


僕は、うどんや焼き鳥や煮込み料理に、何でも唐辛子をかけられるのはイヤです。

あの赤色を見るだけで汗が止まらなくなるから。笑

唐辛子なんて僕には必要ねぇと思っています。汗

でも辛いもの好きな人とご飯に行って、僕の近くに唐辛子があったら、相手に差し出す。

自分から見たら異質な部分を、どれだけ肯定できるかどうかが、他者目線を持つ上で大事なのかなぁ。

・・・と、汗をかきながら思っておりまする。

「自分がされたらどう思うか」という気持ちは消さずに大切にして、それを相手のために伝える

それは結局、「こういう人もいるんだー」という情報を、相手に与えて差し上げることになる。

人が何かを与える時って

「自分と同じところがあってほしい」
と、少なからず望んでいると思う。

それを望んでいる相手に、

「あなたとは違って、僕はイヤなんだよ」
って伝える。

それってきっと、相手が「されたら嫌なこと」

でもそれをしていかないと、お互いにずっと他者目線に立つことはできないよね。

だからこそ、相手を肯定して一度受け入れてみることを大切にしたいんよね。

優しさを実感する時って、その時に自分が望むことや望む以上のことをしてもらえた時

「優しい行動」があるわけではなくて

どんな行動でも、自分の心が温かくなればその行動を優しく感じるもの

優しい行いをするというよりも、
『自分の行動を優しくしたい』

・・・とは言っても、ちゃんと伝えているのに、増長して同じことを繰り返す人もたま〜にいるよね。汗

三度目は、許さなくていいと思うよ。

コラッ!めっ!!ダメだぞっ!!!

って伝えましょ(*^^*)

『言われないと気づけない人』だっている。

その人にとっては、めっ!が優しさに感じるからー!

・・・読んで頂きありがとうございました!

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⇓前回の軟水のたそがれ

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