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山田花子は死ぬことにした

前書き

http://www6.nhk.or.jp/kokusaihoudou/catch/archive/index.html?i=20190704
 アフガニスタン 女性地雷除去員の育成

 筆者祖父は『教育は奪われん』と娘たちに散髪屋の技や学業を叩きこんだが、今の世の中は学業ある人が最低賃金でこき使われたり地雷除去に携わっている件。

※ あくまでフィクション中の日本を扱っており、現実世界の紛争地帯にて婦人教育活動を行っている方々を貶める意図はありません。

山田花子は死ぬことにした


 大日本帝国が本土決戦を採択し、滅亡して久しい。
 陛下は責任をとって自害され、連合国による皇子の争奪戦を経て信託領は返還となり本土は北日本と南日本、沖縄台湾と三つに割れた。

 米軍やソビエトなどの連合軍に汚され屈辱に打ち震えながらも花子は死ぬことすら許されず虜囚の憂き目に遭い、その中で子を宿した。

 花子を捕らえた彼らはキリスト教徒だった。
 この日ばかりは子供でも見境なく襲うソビエト兵に捕まればと涙したものだ。
 本土決戦の次は北日本が電撃戦を日曜日に仕掛けてきたという。
 元々の火種は南日本が北日本を『同じ日本人が攻めてこない』と油断し、台湾沖縄香港を奪うべく軍備を南側へ寄越していたからであるが花子は知らない。

 花子をその時点で考えねばならなかった苦悩は別にあった。昼間は紳士面をする青い瞳の鬼、夜闇と共に忍び寄る普段は奴隷を装う黒い髪の悪魔。戦前は仲間戦後に第三戦勝国を名乗る蝙蝠ども。
 その間、自分の腹に何度も拳を入れ、殺してと叫んでも聞き入れられることなく拘束具に縛られたまま自分の胎が膨らむのをただ眺める日々が続いた。


苦痛と苦悩に染まった十月十日(とつきとおか)

 筋弛緩剤の影響もシラミ除けの殺虫剤の影響もない元気な子供が皮肉にも生まれた。
 息子だった。黒い直毛の髪に灰色の瞳。自分によく似ていたという不幸中の幸いに彼女は号泣した。

 本土決戦が終わり間もなく訪れた日本戦争。
 米ソ両陣営に中国まで加わり残った大量の不発弾と地雷に復興は滞った。
 まもなく国連の支援も打ち切られることであろう。

 花子は息子が憎くそして愛おしい。
 葛藤を抱えて花子は教師になった。

 幸い花子は元々学がある。父はこれからの女子には学が必要と高い金を払ってくれた。学があれば教師になれる。医者にもなれる。より多くお国のためになると花子に学を水吞百姓の子に散髪を教えさせた。

 実家はそこそこ裕福な豪農だった。農地改革で土地を奪われ、『病弱で』二たびの兵役を免れた婚約者はソビエト兵に腹を割かれて死んだが。
 刻一刻と騰がる生活費。既存のお金は紙切れとなる。

地雷除去をすれば国連が支援する『えぬじーおー』とやらが金をくれるという

 その価格は国家公務員の三倍にあたる。その額新日本円で四万円。


先進国の最低賃金の二割五分程度だが花子にとっては魅力的だ。そもそも女性に対して高給となる職自体がない。

 花子には憎くて仕方がないが彼女の愛情を求めて泣く息子しかいない。

 息子の父どもの顔など黒く塗りつぶされて彼女の記憶にはない。
 黒かったか白かったか黄色かったかもわからぬ。主人に奴隷に元仲間のコウモリ。色々いたが大した差ではない。皆彼女の敵であった。
 おそらく今彼女らの前で自慢げに地雷除去の指導員を行う彼もその一人であろう。

 日本の地形の多彩さに復興事業にかかる予算が跳ね上がることを危惧した国連は寡婦や婦人の職がない国柄を反映し、『現地に合った』支援を打ち出した。地雷除去のプロたちによる婦人への職業指導である。

 少なからぬ回数、彼の掌が地雷除去のコツを教えるといいつつ彼女たちの腰や胸や背中をまさぐる。
 それでも耐えねば地雷で死ぬ。
 耐えないなら飢えで死ぬ。

 日本の地形は多彩で高低差が激しく、山間部の地雷は多数の敵兵を殺傷せしめたが今では護国の鬼から発展を阻む悪魔へと変貌した。


『もし花子、お前に学があればえあーこんでぃしょなーのある職場で働ける。男より稼げる。お前はより自由になれる。そうでなくとも辛いとき文学は無聊(ぶりょう)からお前の心をすくうだろう』

 山田花子は父が残した学を捨てた。

 知恵は奪われぬという。知識は残るという。
 平等、博愛、知性、それが何になる。
それが彼女の頭から離れることない故に彼女を苦しめる、男の肩越しに口から漏れる。

『月が綺麗ですね』

ああ、これがニヒリズムというのか理解した。憲兵どもが狩りたてるわけだ。生産性などくそったれ。

小さな棒を動かし動かしのびきった草、今や太い幹を備えた木になろうとするそれの傍にあると思しき地雷を求めて毎日山間部を流離う。

 えあーこんでぃしょなーなどありはしない。
 戦国武者の鎧の如き防護服。ふらつく足で歩く中、ミレエの落穂拾いの夢を見る。

 そうせねば子は飢える。

 わたしの糊口もしのげぬ。


四万円あれば米が食える

 子供を学校にやって、このような悲劇を繰り返さぬようにできる。
 わたしは、私は幸せになって、復讐できる。やつらに。

 はるか後ろの安全地帯から指導員の声が聞こえる。
 花子たちは腰が曲がる痛みに耐え地雷や不発弾を運び、一か所に持っていく。

 今夜は竹子が指導員に呼ばれた。
 明日は花子が砕ける日だろうか。

 そうなってくれるとちょっと楽しいのに。
 そらのかなたにあのひとが、幼いころかみひこうきをとばしてくれたあの人がいる。

 山田花子は死ぬことにした。
 今日もいくさばに彼女は脚を進める。
 逝くぞ爆弾三勇士。

 さらば我が子よ我が友よ。
 散りて故郷の空にならん。

 時は過ぎ青く青い空の元。
 赤い赤い花が咲く。
 山田花子は死ぬことにした。


山田花子は死んだ

 子供の泣き声はいつか止み、立派な青年は大地に根をおろして旅だった。

 噴煙揚げる汽車の元。
 かつての子供たちは手をあげる。

 時は集団就職時代。
 新たな山田花子は死ぬことにした。
 山田花子は死ぬことにした。

 明日に笑って泣くその日のために。
 己が見れぬ未来のために。

自称元貸自転車屋 武術小説女装と多芸にして無能な放送大学生