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藪の中

第一章
 さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩った、人気のない所でございます。死骸は縹の水干に、都風のさび烏帽子をかぶったまま、仰向けに倒れて居りました。何しろ一刀とは申すものの、胸もとの突き傷でございますから、死骸のまわりの竹の落葉は、蘇芳みたようでございます。いえ、血はもう流れては居りません。傷口も乾いて居ったようでございます。おまけにそこには、馬蠅が一匹、わたしの足音も聞えないように、べったり食いついて居りましたっけ。太刀か何かは見えなかったか? いえ、何もございません。ただその側の杉の根がたに、縄が一筋落ちて居りました。それから、――そうそう、縄のほかにも櫛が一つございました。死骸のまわりにあったものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落葉は、一面に踏み荒されて居りましたから、きっとあの男は殺される前に、よほど手痛い働きでも致したのに違いございません。何、馬はいなかったか? あそこは一体馬なぞには、はいれない所でございます。何しろ馬の通う路とは、藪一つ隔たって居りますから。

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