見出し画像

鎌倉街道(古道)ストーリー 2(藤沢編前半)

本日も快晴なり!

この街道(古道)歩きを続けて行く 覚悟というか 決意 を書きます。

 「時間」を作ることが最大の課題で・・仕事に追われる日々  山積みのやり残しの仕事 を放り投げて 作り出すしかないのが「時間」ですが、何より この目的の第一は・・人生の長丁場を 生きやすくする ことです。一年中 ボンもショウガツ もふと気がつくと 忘れていたり 忙殺される自分の心を取り戻したい その一心で初めました。 決心した時は 清々しい気持ちになりました。さあ 今しかない 私のタイムトラベルへ 「モモ」の「時間」をスリリングに楽しんで、!!

 気持ちよくスタートと思いきや 小田急江ノ島線藤沢駅まで 直通に乗っていると勘違い、油断してスマホのメール返信をしていたら、あっという間に「鶴丸温泉駅」「うわあ〜 なんたる失態 乗り越しだあー」で慌てて降りる。そこからとって返して 藤沢駅にかなり遅れて到着。午前9時36分のバスに乗るはずが 10時7分になってしまった。15分で前回終了の江ノ電バスの「湘南車庫」到着です。

はい、街道歩き、2日目スタート!

ここからは藤沢市を歩くことになります。まずは 「車庫」近くにどうやら 古道らしき道を見つけましたが 確認はできず。北方向に向かって歩くと東海道線にぶつかり、左に歩いていくと線路下を通る道がある。そこをくぐってその先かなり広い車道に出る。道なり(左に)に歩いていき、信号を右に入ると 住宅地(緩やかな坂道)を通る坂道、かなり斜度はある。昔は海だったため貝殻が掘り出され貝殻坂という名前がついているらしい。その上り坂の途中にある 村山城址公園に立ち寄る。

画像1

武蔵野国の国司を務めた平良文が造った村岡城があった場所。藤沢市は この辺りの地図案内を詳しく看板にして 写真入りで説明している。こういう看板でもないと今、この石碑など見落としてしまうでしょう。

さらに坂を登っていくと頂上あたりに 小さな日枝神社があった。村山城の平氏が作ったという神社。神社下に道標を兼ねた石碑が並んでいた。

画像2

日枝神社から左方面に歩いていくと 広い県道に出る。ここをしばらく歩くと 右側の異常に高く壁がそそり立っているところが見える。それが 慈眼寺。

ここの名物が このページのトップにある画像で「寄り木」。木の根っこをよく見ると モチノキ タブノキ スダジイ という3種類の木が根元でくっついている。恐ろしいくらいのパワースポットだった。お寺は大変立派な建物で 12面観音像が祀られているらしい。

道に、戻って しばらく歩いて 柄沢保育園入口という信号を右に入って 歩いていくと 柄沢神社がある。1193年建久4年 入間まで狩に行く頼朝がたびの安全を祈り参拝したので その後鎌倉武士が通ったらしい。ただ ここ周辺は 宅地開発著しく そのため 神社は何度も場所を変えたらしい。

その先は 旧東海道にぶつかるまで歩くが、急坂になっていて、その先道がくねくねしていたり、わかりにくい道だったが 路地で野菜を販売している人に聞いて、旧東海道の「鉄砲宿」までの道を確認できた。やれやれ・・・

旧東海道の歩道橋を渡り そのまま真っ直ぐ歩いて行くと 石仏が並んでいる場所に出る。

石仏群の十字路を真っ直ぐ 歩いて行く その道が なんとも言えず のどかな道。道の向こうに畑や雑木林 遠くにも森が見え その道こそが まさに古道だろうと思いを馳せた。畑のそばに なんと鳥居だけが立っていた。八坂神社の鳥居という。これってどのくらい前から立っているのかしら 石というよりコンクリートみたいだし。そのそばに 説明板が・・・

画像3


画像4

2の藤沢編はここまで。藤沢編の後半 続きをお楽しみに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?