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ゲームがなければ今の私はない。

です、はい。

親父の仕事の関係もあって、また世代的にも
割と幼いころから、ゲームが身近にある環境でした。
幼稚園の頃からファミリーコンピューターのボンバーマンで友達と遊び
小学校の頃は、スーパーファミコンとロクヨンの登場で、友達みんなと遊んぶことができましたが、
私の人生を決定づけた、といっても過言ではないゲームが、小学校2年生のとき、誕生日かな?買ってもらった「A列車で行こう4」でした。

あの、当時、プラレールが好きでして、
だけどプラレールを買ってもらうには、限度があるし、部屋の広さも限りがあって、弟と共有でしたから、
「プラレールがゲームになったらいいな」と思っていたところに、たまたま見つけたのがA列車で行こう、だったのです。

確か親にお願いして、買ってもらったんです。
小学校2年生当時ですから、そらそうなりますよねw

で、買ってみて、
まったく、わからない、わけです。
すぐお金が無くなっていきます。
プラレールのはずなのに、自由にできんわけですよ。

必死で説明書を片っ端から読んで、勉強しました。
親に漢字を教えてもらって、「貸借対照表」と「損益計算書」の意味を、覚えました。
あと、株取引なんかもやりましたw

「子会社」が作れるんです、A列車。駅前にデパートを置いたり、貸しビルを建ててテナント入れたり。そういうのでお金を稼ぐんですね。

そうこうしているうちに「会社を経営すること」が、楽しくなってきたのです。そんなうち、小学校3年生の頃ですかね、シミュレーションゲームにのめりこむようになりまして。そんなころ、「ザ・コンビニ」というゲームに出会いました。これは買ってもらったんだったか、親父が自分で遊ぶために買ってきたんだったか忘れましたが、
読んで字のごとく、コンビニを経営するゲームです。
これがまた、ハマりました。ライバル店との競争が楽しいんですよ。
3店出店して、ギリギリまで値下げしてライバル店から客を奪い、ライバル店が撤退したところで値上げするという、パチンコ屋まがいの戦法を取ったりしていましたw

ほかにも、テーマパークとか、シムシティとか、バーガーバーガーとか
今思えばいい時代、というのでしょうか、シミュレーションゲームが豊作だったんですね。

そんな感じで、ゲームからいろんなことを学んだ私。
その後商業高校へ進み、経営に関する仕事をするようになり、現在に至ります。私の人生は、小学校の時に「A列車」に出会ったところから決まったようなものです。
あのとき、親が「それは大人のゲームだから」と言って、買ってくれていなかったら、今の私はいないでしょう。
先見の明があったのか、単に内容をよく理解していなかったのか(自分のお年玉で買ったんだったかもしれません)、よく覚えていませんが、

私に子供ができたら、好奇心を大事にしてあげたいですね。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!