初雪

「今日は転校生を紹介するぞ」
 11月のある日、クラス担任から突然転校生が来たことを知らされた。
 その知らせに、クラス中がどよめいた。
 それはそうだ。
 先日には初雪が降り、気温の低下と共に冬の訪れを感じさせるこの晩秋の時期に転校生が来るだなんて、かなり珍しい。
 それを抜きにしても……。
「ねぇ、転校生ってどんな子なのかしら」
「そりゃあ勿論、とびきりの美少女に決まってますわ!」
「まぁ、この白百合女学園に似合う方であればいいかなぁとは思いますけど」
 皆転校生に様々な思惑がある様であった。
「はい静かに! さて、もういいぞ。入れ」
 扉に向かって担任が呼びかけると、件の転校生が教室の中へと入って来た。
 その転校生はボサボサの長い黒髪で顔を覆い隠し、おどおどとした雰囲気を漂わせている。
「あ……雨宮…桃…です……。よ……よろしくお願いします……」
 転校生__雨宮 桃は黒板にチョークで名前を書くと、ぎこちなくお辞儀をした。
 そんな転校生の様子に、周囲は失望の声を漏らす。
「ハァ……、ただのおブスちゃんでしたか。期待して損しました」
「あんなみすぼらしい方はこの学園にふさわしくありませんわ、無視に限りますわね」
「あーあ、なんかがっかりー」
 だが私__雪宮 桜は違った。
 転校生の名前が黒板に書かれた時から、何だか親近感のような物を感じている。
 何故なら、名前が似ていたからだ。
 桜と桃。
 意味は違えど似た者同士な名前を持っている。
 それはまるで……双子の様で……。
「席はそうだな……お、ちょうど雪宮の隣が開いているから、そこに座るといい」
 桃は担任の指示通り、私の隣の席へと座った。

 休み時間、誰も桃に見向きもしようとしない中、私は早速本を読んでいる彼女に話しかけてみることにした。
「ねぇ雨宮さん」
「ヒッ⁉」
 突然声をかけられて驚いたのか、桃は慌てた様子で読んでいた本を落としてしまう。
 それと同時に顔を覆い隠していた前髪がふわりと跳ね、彼女の隠された素顔が露わとなった。
 私は露わとなった桃の顔に、目が釘付けになる。
「嘘……私にそっくり……」
 黒く輝く丸い瞳にぱっちりとした二重瞼の目、透き通った鼻筋、薄く白い肌、薄い桜色の唇……。
 まるで鏡を見ているかの様……というより、いつも鏡で見ている見知った顔が目の前に存在している。
 実際にはほんの一瞬の出来事であったが、私にとってはまるでその瞬間だけスローモーションになったかのように長く感じられた。
「ご、ごめんなさい! 急に声をかけたりして」
 私はふと我に返り、桃が落とした本を拾うと慌てて彼女に謝罪をする。
「い、いえ……大丈夫です。ぼ……わ……私も失礼な態度を取ってしまってすみません」
 桃も私から本を受け取ると、深々とこちらに頭を下げた。
「私は雪宮 桜。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします! 雪宮さん」
「私のことは桜でいいよ、私も貴女の事は桃って呼ぶし」
「じ……じゃあ、桜……さん、よ……よろしく」
 これが、私と桃の始まりだった。

 それからというもの、私は桃と一緒に過ごすことが多くなった。
 周りは「何で雪宮さんがあんな陰キャと過ごしてるの?」「雪宮さんも友達を見る目ないわねぇ」などとほざいてくるが、そんなことは全く気にならない。
 何故なら話してみると、桃は別に周囲が悪く言う程の子ではなかったのだから。
 私と桃はよく趣味や気が合った為、数週間と経たないうちに桃は私に心を開き、仲が良くなるまでにはそれほど期間はかからなかった。
 そんなある日のこと。
 私は桃にある提案をしてみた。
「ねぇ桃、私思い付いたのだけど、私とお揃いのおしゃれをしてみない?」
「え、そ、それはちょっと……」
 しかし、当の桃本人は何故だか乗り気ではない様子。
「あ、ちょっと用事が出来たのでここで失礼します!」
 彼女は何かを誤魔化す様にその場を離れようとした。
「え!? ちょっと待って!?」
 私は桃を引き止めようと彼女に手を伸ばす。
 がしかし、その手は桃の長い黒髪に引っかかったと思うと、そのまま私の手の動きに釣られる様な形で彼女の頭からずり落ちた。
「え!? 嘘!?」
 桃も一瞬何が起こったのかわからない様子で、ポカンとした顔でこちらを振り向く。
 そして自分の頭の状態に気付いたのだろう、恥ずかしさで顔がどんどん赤らんでいった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
 ウィッグ用のネットを被っていた桃は、恥ずかしそうな様子で落ちたウィッグを拾い上げ私の腕を掴むと、私を校舎裏の影へと全速力で連れて行った。
「こ、これは一体どういう事なの!?」
 私も先程一体何が起こったのかよくわからずに、桃に真相を問いただす。
「…………じ、実は…私…僕は男なんです……」
「えぇ!?」
 気まずそうな様子で話し出した桃の口から発せられたのは衝撃的な事実。
 そして彼女__いや、彼の口はこの学園に入った経緯を語り始めた。
 
 桃の本名は雨宮 桃次郎と言い、様々な事業に手を出しその全てに成功している大企業・雨宮グループ社長の御曹司なのだと言う。
 しかし一年前、彼に最初にあてがわれた婚約者が外ヅラがいいだけのDV女であった事が大きなトラウマとなっており、それ以来身内以外の女性を拒絶する様な女嫌いになってしまったらしい。
 しかし、このままでは後継が望めない事を不安に思った社長は、桃次郎を女子校に通わせてなんとか女嫌いを克服し、あわよくば彼自身に結婚相手を選ばせようと考えた。
 その後紆余曲折あって桃次郎は雨宮 桃としてこの白百合女学園に通うこととなったそうだ。
 だが彼は出来るだけ女子と関わりたくなかった為、あくまで地味な女子生徒としてこの学園に通うつもりだったらしい。
 現にこのウィッグも、敢えて切らずに使う事で地味な雰囲気を出そうとして被っていたそうだ。

「正直桜さん……と言うか女子そのものが外ヅラが良いだけのクズばっかりだと思っていた。でも、桜さんはこんな僕にも裏表無く接してくれた。きっと本当に僕と仲良くなりたかったんだよね……御免なさい、さっきは逃げちゃって。これがウィッグだとバレるのはヤバいと思って……」
「謝らなくても良いわよ、貴方の事情はよく分かったし。でもこのままで本当に良いの? このまま行けば、貴方は女嫌いを克服出来ずに私以外と絶対に関わらない地味な学園生活を送る事になる。つまりは貴方のお父様を悲しませることになってしまうわよ?」
 私の言葉が効いたのだろう。
 次の瞬間、桃次郎は私の方へ向き直るとこう言い放った。
「僕は……変わりたい! 実はこのまま過去のトラウマに縛られてるままじゃいけないとはずっと思っていたんだ、でもそんな勇気は今まで出なかった。だけど今の言葉で漸くその決心がついたよ、僕が変わるにはどうしたら良い?」
「ふふ、その言葉が聞けて嬉しいわ。どうすれば変われるかって? じゃあ私について来なさい!」
 桃次郎はウィッグを被り直すと、そのまま私と一緒に教室へと戻った。

 放課後。
「こ……これが僕!?」
 私の部屋の鏡に映し出された自分の顔を見て驚く桃次郎。
 何故ならそこには銀髪の端正な顔立ちをした美少女の姿がそこにいたのだから。
「やっぱりね。貴方素材もメイクも良いんだからウィッグさえ何とかすればこんなに可愛くなれるのに、本当今まであんなウィッグで顔を隠していたのが勿体無いわぁ」
「そう言ってくれて嬉しいよ、何だか僕も変われそうな自信がついて来たよ」
「そうね、後は堂々とした態度を意識すれば大丈夫よ。早速明日が楽しみね」
 その日はそこで解散となり、桃次郎はイメチェンされた姿で家路についたのだった。

 次の日。
 クラスの教室が大きく騒めいていた。
 何でも、髪とリボンが色違いというだけの、まるで双子の様な美少女二人がいるらしい。
 一人は青いリボンを煌めく金髪に結んだ少女。
 もう一人は赤いリボンを綺麗な銀髪に結んだ少女。
 その顔立ちはあまりにもそっくり過ぎて、髪とリボンが色違いというだけの同一人物とだとしてもおかしくない様な容貌であった。
「わぁ、二人共双子みたい!」
「かわいい〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 教室中に黄色い歓声が上がった。
「雪宮さん、その銀髪の子は一体誰?」
 そう問いかけて来たのは、かつて桃を地味だと馬鹿にしていた女子の一人であった。
 その質問に、金髪の少女__桜は不機嫌そうな声で答える。
「彼女は雨宮 桃さんよ? 貴方が散々馬鹿にしていたね」
「え、ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? あの陰キャブスなの!?」
 彼女は驚きを隠せない様子であった。
「あ、雨宮さん? 私たちわざとじゃないのよ? 私たち実は貴方と仲良くなりたかったの、だからね、これからは仲良くしましょ?」
 そして都合よく桃にすり寄ってきた。
「あんた、一体何の面下げて」
 しかし桜が介入するまでも無く、桃は毅然とした態度でこう言い放った。
「あの、私、裏表激しくて性格悪い人とは仲良くなれませんので他を当たって下さい」
「そ、そんな……」
 桃に冷たくピシャリと突き放された彼女は、その場で力無くへたり込んだ。
 
「言うじゃない桃、見直したわよ!」
「そ、そんな。桜さんのお陰ですよ。それにまだ完全に変われたわけではないですし……」
「いや、私はただお膳立てしただけ。その後からはれっきとした貴方の実力よ。ちゃんと自分自身を認めてあげなさい。それも自分自身が変わるためには必要な事よ」
「ははは、桜さんには敵わないなぁ」
 
 その後、私は桃次郎と正式に恋人関係になり、卒業後に結婚することになるが、それはまた別のお話。

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