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ウディ・アレンは食品売り場の片隅で

『カイロの紫のバラ』 THE PURPLE ROSE OF CAIRO

1985年 アメリカ 監督ウディ・アレン DVD20世紀フォックス

 ウディ・アレンの映画『カイロの紫のバラ』をずいぶん久しぶりに観た。高校生の頃、深夜のテレビ映画の再放送で観た以来かな。映画は1985年に公開だった。

 それは先日の週末、妻と近所のスーパーへ買い物に行ったときのこと。
食品売り場の入口で、大安売り!と書かれた映画のDVDが並んだワゴンを見つけたのだ。よくわからないアクション映画とか、プレデターVSなんとか、などのB級映画のオンパレード。そのなかに、ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』のDVDを見つけた。定価1000円。安いのか高いのかさえ分からない。ごちゃまぜのなかに埋もれていたので、なんとなく救い出してあげたい感じがして、買い物かごに入れてしまった。ネギとかお惣菜に紛れてアレン映画のDVD。
 
 ここのところ妻は、配信でよくアレンの映画を観ている。監督が、というより、ダイアン・キートンのファッションがお目当てなのだ。素敵な年の取り方の見本だ、と僕も思う。
 妻は若い頃のキートン見たさに、この間も『アニー・ホール』を観ていた。ラルフローレンに身を包んだキートンは確かに格好がいい。

 さて。アレン映画では、一風変わったこの作品。主人公はミア・ファロー。近年、アレンといろいろあったけど…。とりあえずそれは、置いておいてだ。
 舞台は1930年代の大恐慌のニュージャジー。ミア・ファロー扮するセシリアは失業中の夫との生活を支えるためウエイトレスをして働いている。夫は博打や浮気、暴力まで振るう最低男。そんな惨めな生活から逃避するかのように映画館に行くのが、彼女の生きがい。今、セシリアは上映中の映画「カイロの紫のバラ」に夢中だ。
 そんなとき、映画の登場人物であるトムが、上映スクリーンから飛び出来てくる。恋に落ちた二人はそのまま映画館から去ってしまう。さて、困ったのは映画の中の世界。重要な登場人物であるトムが現実世界へ脱走してしまい、映画は話が進まない。各登場人物が、逃げたトムにあれこれ文句を言い始める。映画を観ていた観客も金を返せ、と怒り出す。
 そういった喜劇的な部分がこの映画の最高に愉しいところ。
 ウディ・アレンはこの作品を映画をテーマにしたのではなくて、あくまでもテーマは現実と空想なのだ、と言っている。

 僕はラスト数秒間のミア・ファローの演技は感動的だと思った。だけど妻は「なに、このひどい終わり方!」と言い、不服な様子。おそらく意見が分かれるところ。
 素晴らしいんだけどなぁ…。なぜなら、それが映画の本質だったから。
 …しかし“映画が人生”みたいな時代では、もうないのかも。黄金期はもうとっくの昔だ。いまや配信で手軽に観られて、しかも倍速で視聴されるらしい。映画館で没頭する魔法の時間は何処へやら。そう思えば、セシリアは幸せだったのかも。
 僕たちはそうやってかけがえのない時間を喪失していく。何にせよ、今はウディ・アレンの映画がスーパーの片隅で安売りされる時代なのだ。


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