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『凪のお暇』

『凪のお暇』(コナリミサト、秋田書店)を読んだ。社会の中で空気を読むことに精一杯だった女性が、ついにはち切れてしまって、生活を新たにする。そういうところから漫画は始まる。まず絵柄が好きだった。ポップで可愛くて、とくに主人公である凪の天然パーマが爆発してからは、紙面がくるくるふわふわしていて楽しい。そんなもこもこの頭をした凪が、空気を読むという社会の呪縛から逃れようと、会社を辞め、以前の人間関係も断ち、住まいも変え、直毛パーマもやめる。買い物を済ませてレシートを見てみると、値段が違っている。前はそれを従業員に言えなかった。けれど、勇気を奮い立たせて彼女は言いにいく。そうやって今までの、他人様の害にならないように、と顔色を伺う自分から変わろうとしていくのだ。

そこにあるのは、ただ自分が自力で変わっていく、ということではない。そこには必ず人がいて、そうして凪は変わっていく。4巻で彼女は、今までの人生で自分が自発的になにかを成し遂げたことがなかったことに気がつく。彼女は自力で生きようとする、けれどひとりではない。同じアパートの住民がいて、似た境遇の職探し中の女性がいて、行きずりの出会いもある。今まで顔色を伺うことによって先回りして閉ざしていた束の間の交流が、そこに拓けてくる。

こう書いていくと、まるで善人しか出てこないようだ。けれどそんなことはない。そんなことはないのだけれど、悪人が出てくる、とも言えない。彼/彼女らはたしかに凪やその周辺を傷つける。傷つけるが、傷つけられたことでもって、加害者を断絶する絶対的な被害者からの視線はこの漫画にはない。いうなればみんな凪のようにこの「社会」の不適応者なのだ。同じ歪さを抱えているという平等性が、この漫画の底に流れている。この漫画のタイトルは『凪のお暇』である。おそらく凪は、再びそうした「社会」へと戻っていくのであろう。社会から逃れて生きていくことは容易ではない。そのことだけはきっとみんな、痛いほどわかってしまった。社会へと戻るとき、凪はどんな髪型をしているだろうか。あのふわふわのくるくるの楽しい天然パーマで凪は笑っているだろうか。笑っていてほしいと、思う。

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