2019年の術理 9月

9月の1日、甲野先生のお伴で相撲部屋へと行きました。普段、「普通」の人たちとの中で研究を稽古をしていますので、「プロ」の方たちとの稽古は自分の出来る事を探るのにはありがたいものです。

これまでも力士の友人とは稽古をしていたので身体感覚の探求から生まれた事がそのまま技として生きるのはわかっていました。しかし、それでも、その友人一人ですので、技が効くと言っても私との相性がいいだけかもしれません。

いつも外へと稽古に行く時にはこうした不安が出ます。ただ、その不安があるからこそ、思考による意志に任せず、身体の声が聞けるのだろう、と思います。

さて、相撲部屋での稽古ですが、こうして言葉にしてみると不思議なのですが、まったく「いつもと同じ」なのです。私よりも何十キロと重く、若さもあり、力強いはずなのに、触れた瞬間、動いた瞬間、崩れていきます。むしろ、体重が軽い普通の人よりも崩れ方が大きいのです。

力士数人、皆そうなのですから、人間の特性がそうなのでしょう。
この経験を通し、やはり「術理」という問題が今、この世界では知られていない、とわかりました。

身体の良く動く人はたくさんいます。スポーツの世界を見れば、年々、記録は破られていきます。しかし、それは個人個人の力。無意識な部分を働かせた結果です。
そして、世の中は「結果」を見ます。凄い事をする本人もふわっとした、何となくの言葉でしか自分を表現できません。だからこそ、私たちはそこから学べません
ヒーロー、ヒロインというスターを求めるからでしょうか。人間そのものの凄さからは目を離している気がします。

甲野先生は「術理」として、ご自身の中に生まれる感覚、身体感覚を伝えてくれました。何となくではなく、言葉にする事によって、私にも「何かがある」事を教えてくれました。
その何かを自覚することなく、ただ努力をしても、目的の技へとたどり着けるはずはありません

相撲部屋へのお伴の際、喫茶店で先生からお話をたくさん聞かせていただきました。普段、先生との間合いを詰めない私には非常に貴重な場所でした(笑)。

そこで先生は「裏」という話をしてくださいました。
その「裏」がどういう裏なのかはわかりませんが、先生の中に「裏の感覚」がある、というのは確かです。その話を聞いた瞬間、私の中にも「裏」が生まれました。いや、もともと、あらゆるものには「裏がある」のです。ただ、いつも、同じ方向からしか見えないだけ。
先生が使われた裏という言葉のおかげで、裏から見る事を自然としてしまった。こんな風に先生は私を導いてくださいます。

私が使う「裏」という言葉と、先生が使われる「裏」は違うものです。いまだに、先生の裏はよくわかりません(笑)。
しかし、先生はこの自由に発想していく稽古を許してくださいます。この術理の変遷ノートもこの通りにやれ、というために書いているわけではありません。こんなにいい加減な事がたくさんあるのなら、自分も感じたままをやってみよう、と思ってくれたら、と書き残しています。

とはいえ、書き出してみると、改めて考える事にもなり、ここからさらに次へとつながりそうですから、やっぱり、自分のためですね(笑)。

【裏】

先生と喫茶店でお話ししている時です。先生が「裏」という使い方を解説されていて、それを想像しながら聞いていました。想像をする事で身体が動きだすのがわかります。

鱗に内側があったのです!

痒みを持った時、鱗が細かく動き出しました。そして、今回、鱗の裏側を感じたのです。なんだそんな事、と思うかもしれませんが、こんな気づきが身体を変え、動きを変え、技に変わっていきます。
既に相撲部屋を離れていたので、その技としては試せませんが、確実に鱗のレベルが上がったのを感じました。厚みが出て、丈夫さが生まれました

【瞬間移動】

もう一つ、この日にはお土産がありました。
帰り間際、先生に道場下の公園で稽古をつけてもらったのです。
先生自身、数日前に出来るようになったという「太刀取り」です。自由に打っていいよ、という中での太刀取り。一瞬、先生の身体が消え、目の前、に現れたのです。
その瞬間、それを「瞬間移動」と感じましたが、それを言葉にするのには少し勇気がいりました。だって、あまりにも非現実的ですから。

しかし、そうとしか思えません。まぁ、理由は私の語彙が少ないからですが、この子供のようなシンプルな想像が手掛かりになります。
名古屋に戻り、先生の動きを思い出しながら試します。当然、出来ないのですが、良いんです。これまでもずっと、出来ませんでしたから(笑)。

実験してみる、試してみる。これこそ、研究稽古です。
ちゃんと教えてくれる師匠であれば、どうしてもその師匠のとおりに動くしかできません。師匠の中には自分の思い通りにしか動かさせない人もいるでしょう。自分を捨てられるほどの人ならいいのですが、私には強く大きな我があったようで、そういう先生とはまるで相性がありませんでした(笑)。

甲野先生は研究を許してくれた人、勧めてくれた人です。
瞬間移動の動きは目に焼き付き、身体にはその感覚が残っています。それを手掛かりに進めていこう!こう思えるだけでも楽しいんです。

しかし、最近はなにかを思うとすぐに身体が答えを返してくれるようになりました。頭が単純になったのかもしれません。
瞬間移動を考えた時、思いついた時、あぁ、すでに私は瞬間移動できる部分を持っているじゃないか、と気づきました。手のひらがそれです。

手のひらを返した時、わずかに手の位置が変わります。
動画を撮り、スローで確認をすればそこに連続した移動が見つかりますが、私たちの肉眼ではその変化は連続ではなく、一瞬です。
この動きを使えば、どれだけつかまれていても、その手を払い、抜け出す事が可能です。また、突きを繰り出す時、直線に出さず、この瞬間移動の動きを使えば拳がジグザグに跳び、予測が難しくなるのです。
これを全身でやればいい、そう思いつくのは難しくありません。

思いつけば実験です。
最初、胴体、お腹、背中で試します。くるりと反転させようと試しても、身体がねじれます。どうやら背骨が回りすぎてしまうようです。背骨は連動が得意です。つい、ねじれが生まれてしまうようです。

そして、見つけたのは「胸骨」。胸骨という骨は平たく、反転するのにはちょうどいい、とわかりました。
胸骨に意識を集中し、それをコントロールするようにしてみると、瞬間移動だ、と感じられる動きになってきました。自分の立ち位置を瞬間に変えられる。この動きを得て、安心が生まれてきます。手を出さずとも、立ち位置だけで相手との関係を変えられるのですから、パワフルです。

【隣り合わせの次元】

鱗に裏があり、私は瞬間移動ができる。そんな自覚を得ていた9月。この変化の激しさをゆっくりと反省する機会がありました。
ペンをとり、どういうことかをまとめます。すでに身体には確かなものがある。ただ、言葉が足らないだけですから、考える事で心落ち着く事だってあります。

変化する自分が当たり前に思えてくると、変身する前、変身した後、それぞれを同時に観察する事ができます。その時、変身する前と後は次元的に違うのだ、とひらめきました。これは五行的な思考でもあります。

平面的な動きと立体的な動き。それぞれは全く違う癖を持ちます。技として結果が出る出ないは相手との問題です。原理として、平面を動くものと立体として動くものでは違うのです。
通常であれば、あまりに違いすぎるため、これらは同じ流派にはなりません。もし、同じ流派の中で次元の違いが生まれたならば、分裂し、2つの流派になるでしょう。

しかし、私たちの身体はたくさんの次元の違う働きをするものでできているのです。
内臓、胴体、腕脚、手足、指。それぞれ、違う働きをします。大雑把ですが、奥から外に向けてより、複雑に動きを作り出す事ができるのです。

大切なのは、この次元を混ぜて使わない事。一つの同じ身体ですから、つい、両方ともに見てしまいがちです。トラブルの際、不安を大きくしてしまうのはこれが原因。ちょっとだけ視点を反対側へ移せば問題はなくなるのに、それが出来ませんでした。隣り合わせという感覚がなかったからです。

裏という感覚。その裏を活かして瞬間移動という働きを知って、裏表を自在に移動できる可能性がある事を自覚しました。身体的な動きとして新たなものがあるわけではありませんが、この自覚はとても大きなものになっています。

【小魚の群れ】

隣り合わせの次元を自覚して、予測によって生まれてきた術理があります。それが「小魚の群れ」です。

身体を大きな一つの塊として使うのを考えるのは難しくありません。しかし、その次となるとなかなか想像がつきません。
瞬間移動は今ここにいて、次、どこでも自由に出現できるという自由さをくれましたが、それでも、肉体を伴っている時には一つの塊です。

ここに隣り合わせの次元の考え方をいれます。「一つの塊」の次元。次の次元には「たくさんの私」がいたらどうだろう、と考えました。

この身体は一つではなく、たくさんの身体でできている。そう考え始めて思いつくのは「細胞」です。私たちはすでに、たくさんの同じものから一つの身体を創りだしている、とも考えられるのです。
こうした事を学問的にはわかるのですが、それを実感するの難しいでしょう。しかし、それを一人稽古は実感させてくれるのです。

この身体を一つではなく、たくさんとして認識する。小さな粒粒の集まりとしてみる。一つではなく、バラバラだ。そんな思いで身体を観察します。
そして、いろいろと試していく中で答えが見つかるのです。これなら粒粒といえるな、というレベルがやってきます。

具体的には身体に鱗を自覚し、その鱗を壊さないようにして、中身だけを揺らします。すると、身体が粒粒となり、細かくなっているのがわかります。

この時の身体の軽さ!骨も筋肉もなくなったかのように軽くなります。これまで当たり前だと思っていた動き方は観念に縛られていたものだったとわかります。この「小魚の群れ」の自覚はその後の展開に大きく役立ちましたし、私の今後の生き方にも刺激を与えてくれました。人の役に立ちながら生きていける、そう確信できるようになったのです。

いや~9月、こんなにも変化があったとは(笑)。
ここまでお付き合いして頂き、感謝します。まだ、3か月残っています。もう少し、よろしくおねがいします(笑)。

【年明けの稽古は下記のとおりです】
名古屋 1/8(水)10:30-12:30
名古屋 1/19(日)10:00-15:00
浜松 1/11(土)13:00-17:00
瀬戸 1/16(木)10:00-12:00
熱田 1/17(金)13:30-15:00
【久しぶりの東京稽古も決まりました】
東京目黒 2020/2/2(日) PM1:00~PM4:00
【2回目のつくばも決まりました】
つくば 2020/4/12(日)PM1:00~PM4:00

http://www.karadalab.com/sch

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