斎島三曹はその封筒をじっと見つめていた。平凡な事務封筒だが、中には梱包材となにかの機材が入っていて、〇八三〇時を過ぎないと確認ができなかった。封筒の裏面には斎島透、四月一日〇八三〇時まで開封を禁ずる、と印字されている。
 時刻は〇八二九、今、〇八三〇となった。
 念入りに自身のスマホで時刻の確認を行った後、斎島は封筒を破いた。窓の向こうから出勤ラッシュの人だかりが見える。どうせ田舎の実家には帰れないからと、宴会が終わった後にビジネスホテルに宿泊していた。胸の高鳴りが抑えられない。ホテルの一室で、まるで陰謀に加担しているような気分だった。
 やっぱりか。同期たちと噂していた通り、中から現れたのはスマホだった。それも通信隊の氷川が指摘したとおり、一世代前のものだった。今、おそらく、一四万人近い自衛官たちがこのスマホと対峙しているのだろうと思った。スマホが使えない隊員へのサポートは万全だろうか。
 封入されていた紙に記されていた通り、電源をつけると、アプリが強制的に起動した。斎島の中で思考が溢れ始める。
 はじめ、斎島がこの脱柵を伝達されたのが二週間前だった。脱柵の背景については自衛隊組織の刷新のため、及び近隣諸国の紛争発生の防止のためと聞いていた。近隣諸国というと東は除くので、東アジア地域と日本との紛争を指しているものだと考えていた。こういう大胆な作戦は陸上自衛隊は行ったことがない。すなわちこれは緊急的に考案された作戦であり、スマホも場当たり的なものだろうと考えていた。大方、電話に使用する程度だろうと。
 だがそれは違った。アプリケーションの開発を含めても、二週間では無理だ。最島は興奮して一度スマホを床に落として、再度画面に魅入った。時間が経つのも忘れた。不意に喉が乾いて、壁に掛けられた時計を見ると、一一二一時を指していた。チェックアウトに向かう途中、斎島は大きな陰謀に巻き込まれたのだと感じた。

 一方で、斎島三曹の予想は若干外れていた。同じ時刻、西川士長は疲労困憊の体を引きずり、車両を次々と所定位置に誘導した。一二〇〇時に交代が訪れる。後三九分を、この暗く、騒音だらけの倉庫で過ごさなければならなかった。広大な、広大すぎる倉庫には奥から車両や設備が格納され、さらに至るところで電気設備や通信工事が実施されている。
「待ってください!そっちは違います!」
 運転手が方向指示を誤り、危うく<コールセンター>のエリアに車が向かいそうになった。コールセンターの周囲には車止めが設置され、事故は起こらないにせよ、そこで働く隊員たちを刺激したくはなかった。彼ら三〇名は、〇八三〇時から鳴り響く電話に忙殺され、怒りと狂気を孕んだ目で周囲を見渡していた。すでに一度、電気工事の音がうるさいという理由で他の部隊と衝突を起こしている。
 残り三二分。西川は一番の苦難を味わうことになった。当初の車両枠には収まらない、戦車の輸送を行う大型トラックである、戦車トランスポーター一〇両がこちらに向かっており、一〇分以内に車両枠の変更が必要だという。
 西川は本当に興味本位で、それを聞いてみた。
「戦車なんて、ここに持ってきて何に使うんですか?」
 聞かれた緑二曹はむっと西川を睨み、質問には答えなかった。聞いてはいけない質問だったかもしれない。しかし、この千葉県の臨海部の倉庫に、なぜ戦車が運び込まれるのだろうか。東京近辺にて、戦車を使った作戦を行うのか。西川は不安に思いながらも、急いで車両枠の修正に取り掛かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?