3. 徒夢

 初期、この共通夢がはじまった頃は混乱が続き、不眠症に陥るものが続出した。その頃から探索チームは政府への協力をもとに力を持ち始める。探索チームへの参加者は現在2万人ほど。彼らは独自のデータベースを構築して、いつしか軍や警察のような役割へ変貌した。
 そんな探索チームの西方16班、ニカワは悪夢調査に駆り出された。瀑布の水が赤色に染まり、空に薄いピンクの霧が立ち込めたらしい。これほど大掛かりな悪夢は珍しい。悪夢発生者は相当な体質の持ち主で、研究チームは特別捜査班を組むだろう。
 瀑布の巨大さは恐ろしい。テレビでも見たこともない規模の水の奔流が、数日前から赤く染まったという。発見者は瀑布を臨む座礁船で風景画を仕上げていた少年で、船は彼が生み出したものだと言った。
 検査の結果それは正しい。最近は脳科学を発展させて、誰がどこまで共通夢に作用しているかの力学が明らかになった。こんな座礁船を生み出せる想像力は相当なものだ。では誰が瀑布を赤く染め、空を霧で埋め尽くしたのか。
「その猫川さんって人が怪しかったの?」ニカワが聞いた。
「そう。最初の方、ずっと起きれなくて苦しんでた人いたでしょ。猫川さんはあれを乗り越えた感じ」
 睡眠障害者は病院の共通カルテに記録があるはずだが、検索しても出てこない。猫川の名前は偽名だろうか。念のため書き留める。
「君も睡眠障害?」共通カルテに少年の名前があって驚いた。
「そう、4時間くらいしかよく眠れなくなったの。学校で居眠りしちゃう直前みたいな状態が続く感じ」
「治るといいね」
「みんなね。この夢がなくなればいいのにね」
 それからニカワは研究チームからの指示を行った。ニカワが思いつく限りの鳥を思い浮かべる。鳥は瀑布の小魚を食い尽くした。後は水質浄化を待つばかりだという。
 一仕事を終えたニカワは起床して、研究チームとの振り返りを行った。新潟県警の交通課に所属しているが、この夢を見ることから新潟市の夢対策プロジェクトに出向となっている。
「悪夢の治療は行えないのか?」ニカワが聞いた。
「染色者の特定は不可能だった。通常、イメージした物体と出現者の間には電磁的なラインが存在しているんだけど、今回はそのラインが全くないか、見つけられていないか、出現者は瀑布の中にいる」
「水の中?」
「潜水艦をイメージすれば可能かもしれない。だけど、有力なのはラインを発見できない方。染色が薄れてきていることを考えると多分もういない」
「愉快犯かな?」ニカワは初期の混乱を警戒した。あの頃は本当に酷い夢があったものだ。
「どうかな、今回悪夢が影響を与えたのは一人、愉快犯なら人口密集地帯で染色すればよかったはずだ。動機の案としては芸術作品をつくるのと、なにかの副作用で染色が行われた案」
 例えば?
「瀑布は誰がイメージしたものでもない。そのイメージを大規模に変質できるなら、夢を構築しているものに負荷をかけることができるかもしれない。そしてその結果、共通夢が終わるかも」
「かもじゃなければ、全員起きなくなる可能性もあるよ」
「そのために特別捜査班が組まれることになった。子供の証言では容疑者は北に向かったらしい。君も眠れば、すぐに北に行ってね」


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