河田陸士長は<警告一〇六四号>を確認した。駐屯地を警衛中の無音飛行ドローンが発見したもので、生体反応が連続して撮影された警告だった。河田は動画ファイルを確認して、脅威なしと判定した。動画に写っているのはリスであり、駐屯地正門に植えられた桜の花びらを嗅ぎ回っていた。
 リスのような小動物が判定されることを自動で除外することはできなかった。ドローンで駐屯地を警備していることは諸外国も当然把握している。特に中国やロシアやアメリカはドローンを欺く技術に力を入れていて、最近は戦車を、そこにないような映像と温度に見せる技術も開発されていると聞いた。そのために陸上自衛隊としてはドローン映像を人が確認するという手順を追加した。河田は近年急拡大したドローン運用部隊で、そのことを知らされた。
 続いて<警告一〇六九号>を確認する。画面には一面の雪景が現れた。北海道だろうか。河田は九州出身であり、長崎県の駐屯地しか担当してこなかった。それがこの<警備チーム>に配属されてから、全国の駐屯地の映像を確認することになってしまったのだった。いつもと違う映像が見れる反面、勝手を知る駐屯地以外の映像も見ることになり、判定が難しい。例えばイノシシが800台の映像に写っていて、河田は脅威を弱と判定したが、チーム長は脅威なしと再判定したことがあった。イノシシは駐屯地の設備を壊すこともあると思うのだが…。
 もしドローンが本物の脅威を確認すれば、どうなるのだろうか。すでに陸上自衛隊は隊員全員が退職しているので、本来ならば河田の仕事は存在しない。ドローン運用チーム以外の同期は、渡されたスマホで四苦八苦しているらしい。
「やっぱドローン部隊が出世頭だよな。今の仕事を続けているし」
 同期から来たチャットには、そう書かれていた。だが、本当にそうだろうか。ドローン部隊が花形だとすれば、陸上自衛官全員の退職は必要なかったはずだ…。警備を過去のように人によるものに戻し、ドローンを別のことに注力させることも可能だったはずだ。だが、別のこととは…?
 休憩中にスマホを覗いても、その目的は釈然としない。目的は自衛隊組織の刷新のため、及び近隣諸国の紛争発生の防止のため…。
 通常通りの規定に伴い、一定時間の勤務のあと休憩が与えられた。いつもと異なる点は、勤務場所がオフィスビルに代わり、河田は私服での勤務を命じられている点にある。首に提げられている社員証は河田は知らなかったが、とあるIT企業の社員証らしい。偽造か、それともその企業も協力しているのだろうか。
 オフィスビルからは富士山を眺めることができた。河田は生まれて初めて富士山を直に見た。高校を卒業してから、まだ三年も経っていない。こんなに早く九州を出て、極秘任務を行うとは思っていなかった。世界は複雑だ。ドローン運用チームは、過去の仕事を続けていること自体が稀なことだ。河田は一旦そう考えることにして、休憩終了までの時間を慣れない職場で過ごした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?