松雪泰子さんについて考える(18)映画『甘いお酒でうがい』

*再投稿した感想文はこちら(2024/6/6)*

松雪さん出演シーンの充実度:9点(/10点)
作品の面白さ:9点(/10点)※初見時の7点から更新
制作年:2019年(公開は2020年)
視聴方法:U-NEXT、DVD
 
※以下、多少のネタバレを含みますが、決定的なオチや展開には触れないようにしています。
 
『古都』(2016年)以来の主演映画。その前は『この空の花 長岡花火物語』(2012年)、『余命』(2009年)まで遡るので、主演映画はそう多くない。
 
それにしても、「甘いお酒でうがい」とは、妙なタイトルだ。
 
…と思っていたが、「うがい」とまでは言わずとも、お酒はガブガブ呑んでは味が分からず、喉の奥に馴染ませるようにして少しずつ飲んでこそ美味しい。その行きつく先が「うがい」だとすれば、お酒との上手な付き合い方を愉しむ主人公の嗜好性をこれ以上ないほど的確に象徴していて、絶妙なタイトルだと思う。
 
そんな出色のタイトルを冠した小説を書いたのは、お笑いコンビ「シソンヌ」のじろうさん。40代の独身OL・川嶋佳子の日記という体裁をとった小説だが、映画もその形どおりに展開する、静かなモノローグ作品に仕上がっている。
 
淡々とした日常の中に息づく、ささやかな幸せを描く作風。とりたてて大きな起承転結があるわけではなく、謎解きやサスペンス要素があるわけでもない。
 
このタイプの作品は、観る人の好みによって真っ二つに感想が分かれる。
つまらない人にとっては0点だと思うはず。特に若い人の多くは、刺激的でエッジの効いた笑い所や泣き所を求めるはずだが、そういうものを期待して観る作品でないことだけは確かだ。
 
斯く言う自分も、仮に20代の頃にこの作品を観たとしたら、きっとつまらなく感じたはずだが、もはや牛より鶏、肉より魚を好むような年齢になった今となっては、素直に楽しめる作品だった。むしろ何度か観返したくなるような面白さすら感じる。
 
ちなみに、キネマ旬報の専門家レビューでは、☆1つ(5点満点)と手厳しい評価から、☆3つのそこそこの評価まで分かれている。☆1つをつける気持ちも分からなくはないし、逆に☆5つをつける人がいないのも頷ける。
 
主人公の川嶋佳子(松雪)は、日々の生活に起こる小さな変化に幸せを感じたり、動揺を受けたりする。その小さな変化とは何かというと、現実世界で誰にでも起こり得るような、ささやかな出来事。それに対してどのように思ったかが日記として本人=川嶋佳子(松雪)のナレーションで吐露されるのだが、一から十までを説明するような口調ではなく、散文的で断片的だ。
 
それゆえ、本人(松雪)の感情の奥底をどのように解釈するかは、鑑賞者に大きく委ねられている。映像の中の川嶋佳子(松雪)の表情やそぶりから心理考察を組み立てるのだが、その組み立て方についても、観る側の裁量によるところが大きい。
 
有り体な表現をすれば、観る側のリテラシーによって初めて完成される作品だ。したがって、ただ受動的に映像を眺めるだけでは、ストーリーの表層を追っているだけで何の意味もない。
 
同じように、川嶋佳子(松雪)の日記のナレーションを聞いて、その言語的・記号的な意味を把握しただけでは不十分。
 
そうではなく、川嶋佳子(松雪)に自己投影し、追体験するような向き合い方が、この映画に求められる鑑賞態度だと思う。
 
そうであるならば、観る側のコンディションによっても作品の受け止め方が異なるだろう。時間、場所、心理状況…。同じ作品の同じシーンを観ても、時によって感じ方が違うことがあるのはこの作品に限ったことではないが、本作はまさにその典型だ。「何度か観返したくなるような面白さ」というのは、そういう意味。
 
さて、作品全体のことはこれくらいにして、松雪さんについて書こう。(以下、若干ネタバレを含みます。)
 
まず、素朴で静かな日常を暮らすOL役なので、全体的に薄化粧なのが珍しい。衣装も他の作品ではあまり着ないような、素朴でカジュアルな装い。
 
しかし、作品中盤、バーのカウンターで男性と並んで酒を飲む短いシーンがあるのだが、この瞬間だけは川嶋佳子でなく「松雪泰子」のオーラが滲み出ているように見えた。そのように見えてしまっては演出側の本意ではないのかもしれないが、個人的には好きなシーン。
 
作品後半で、2回り年下の岡本君(清水尋也)と付き合い始める。予告編でも流れるとおり、キスシーンも出てくる。2年前までNHK朝ドラ『半分、青い。』で母親役を演じていた人が、今度は2回り年下とキスをするOLを演じるとは、役柄の振れ幅が大きくて面白い。
 
ちなみに、松雪さん出演シーンとしては久しぶりにカラオケのシーンが出てくる。ただし、歌わない。過去のカラオケシーンは、自分が知っている範囲では次の2作品。
『なにさまっ!』第5話→「天城越え」を歌唱
・『ビギナー』第3話→歌わない
 
ところで、ここまで触れてこなかったが、川嶋佳子(松雪)の同僚OL役として出演した黒木華さんも良かった。年が離れていてもよき同僚・よき友人として川嶋佳子(松雪)と仲良くするのだが、わざとらしさのない自然な演技が際立っていた。
 
ちなみに、DVDの特典として収録されているメイキング映像は、インタビューもあって充実している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?