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「ばらまき」について

国が新型コロナウイルス対策で自治体に拠出した「地方創生臨時交付金」がばらまきに消えているのだという。3割の市区町村が年齢・所得制限を設けず、現金や商品券を一律に配る計画を立てていた。費用対効果が乏しいのをわかっていても、煩雑な事務をやりたくないのであろうか、メリハリを欠いた施策を実施しているということだ。

経済学者で元官僚の高橋洋一がどこかで言っていたと思うが、本人の銀行口座に振り込まなくても、記名式小切手を配れば済む。記名式小切手だから本人以外はおカネを受け取ることはできない。

自治体は住民票で誰がどこに住んでいるかは把握できているので、それぞれの世帯分の小切手を郵送すれば良い。

受給対象者であるが、住民税を徴収しているのだから、住民税非課税世帯だってわかっているはずだ。そういう所得の低い世帯だけ選別することくらいはIT化が遅れていても、既存のデータだけで十分対応できるであろう。

それなのに一律行政的にばらまくというのは、どういう了見であろうか。

財源が決まっている以上、みんなにばらまこうとすれば、広く薄くということになり、1人あるいは1世帯あたりの取り分はタカが知れている。本当に困っている人たちならばともかく、我々が数万円もらったところで何に使えば良いのか。どうせもらったことも忘れて預金残高になるか、ロクでもない使い途で無駄遣いするか、どちらかであろう。

1つ思ったのは、地方の小さな町や村の場合、給付を受け取れる人と受け取れない人があると、「誰某は受け取れたのに、自分が貰えないのは不公平だ」とか言い出す人が必ず出てきて、僅かな金額が原因で地元民同士でいざこざが起きることである。それだったら、公平に皆んなに配った方が、揉めないで済むという考え方である。いかにも波風を立てるのを避ける日本人的な解決策ではないか。

せっかくの血税を、意味のない使い方をしてはもったいないし、狙った効果が得られないのでは、死に金である。

役人や政治家は自分の財布から出るおカネであれば、もっと有効に使うことを考えるであろうが、自分は痛くも痒くもないから平気で無駄遣いができるのだと思う。

知恵がないだけにとどまらず、仕事に対する思い入れや熱意も感じられないではないか。こういうのは背任と言わないのだろうか。


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