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ボブ・ディラン(@フェスティバル・ホール)について

ボブ・ディランを聴いた。4月8日(土)、場所は大阪フェスティバルホールである。本来であれば、20年4月10日(金)、ゼップ大阪でのライヴを聴く予定でチケットも取得していたのだが、コロナ渦で中止になった経緯あり。

正直なところ、僕はボブ・ディランのファンというわけではない。CDもベスト盤も含めて数枚くらいしか持っていない。じゃあ、どうしてわざわざ高いおカネを払って、ライヴを聴きに行くんだと言われそうだ。自分でもそう思う。理由は単純である。有名なアーティストだし、かなりの高齢者だし、この機会を逃したら、生きている姿を見る機会は再び訪れないだろうと思ったからである。まあ要するに、単なる野次馬である。

ボブ・ディランの場合、ロックとは違って、歌詞の内容を理解していないと、結構、厳しいかなと予想はしていたが、予想はある程度は的中した。お経を聴いているよりはマシであるとしても、少なからず忍耐力を要求される場面、瞬間的に寝落ちして記憶がない場面もあった。もっとも、彼の歌詞は引用、剽窃、隠喩、言葉遊び等が駆使されているので、中途半端なにわか勉強くらいでどこまできちんと理解できるかは疑問である。いずれにせよ、高価なチケットも、価値を十分に理解できない僕のような人間にとっては、まさに「猫に小判」ということである。

それでも、一夜漬け程度の予習はしておいてかなり助かった。今回の来日は、「”ROUGH AND ROWDY WAYS” WORLD WIDE TOUR 2021 - 2024」という標題がついているとおり、20年6月に発売された「ROUGH AND ROWDY WAYS」という39作目のアルバムの発売に合わせたツアーの一環である。したがって、このアルバムに収録されている楽曲は、全10曲の収録作品中、1曲を除いて残りの9曲はすべて演奏されている。それ以外は旧作からの8曲で、全17曲のセットリストである。大阪での公演は、4月6日(木)、7日(金)、8日(土)の3日間であるが、曲目は順番まで含めてすべて同じであった(と思う)。

参考までにセットリストを記載しておく。たぶんこれで合っていると思う。

  1.   Watching the River Flow

  2.   Most Likely You Go Your Way and I’ll Go Mine

  3.   I Contain Multitudes*

  4.   False Prophet*

  5.   When I Paint My Masterpiece

  6.   Black Rider*

  7.   My Own Version of You*

  8.   I’ll Be Your Baby Tonight

  9.   Crossing the Rubicon*

  10. To Be Alone With You

  11. Key West (Philosopher Pirate) *

  12. Gotta Serve Somebody

  13. I’ve Made Up My Mind to Give Myself to You*

  14. That Old Black Magic

  15. Mother of Muses*

  16. Goodbye Jimmy Reed*

  17. Every Grain of Sand

*印がついているのは、「ROUGH AND ROWDY WAYS」収録曲である。

予習をしていたとはいえ、原曲からアレンジをかなり変えている楽曲もあったので、途中まで、「あれ、これ何て曲だっけ?」と戸惑う場面が多々あった。前の方に座っている「通っぽい」人たちと外人客たちは、絶妙なタイミングで歓声を上げていたから、たぶん彼らはちゃんとわかっていたのだろう。こういうところで、彼我の英語力と情報量の差を痛感させられる。

で、肝心のボブ・ディランであるが、ステージ正面に据えられたグランドピアノ(少し小ぶりのもの)の前が定位置。観客の方を向いているので、顔はよく見えるが、ほとんど動きはない。ステージのセッティングも地味。照明も同様で薄暗い。余計な演出は一切ない。「お前ら、黙って座って、おとなしく俺の演奏を聴けよ」と言われている感じである。MCもほぼなし。アンコールもなし。痛快なまでの「けれん味」ゼロである。

同じレジェンドでも、ストーンズであれば、「サティスファクション」や「ブラウンシュガー」を演奏してくれる。14年に東京ドームでのライブを聴いたが、往年のヒット曲満載であった。ディランは、「風に吹かれて」とか「ライクアローリングストーン」のような、誰でも知っている「懐メロ」は演奏しない。こういうところに、彼の現役ミュージシャンとしての矜持を感じる。

フェスティバルホールだし(座席数2,700人)、1階の真ん中辺りの席だったので、ボブ・ディランをちゃんと肉眼で確認することができた。これがドームとかアリーナとかだったら、動きもあまりないことだし、もう何が何やらわからずに途方に暮れたであろう。

41年5月生まれだから、来月には82歳になる。ジョン・レノンの方が1歳上であるが、レノンの詞作に決定的な影響を与えた人物である。レノンは40歳で死んだが、2倍以上の年齢を重ねて、いまだ現役バリバリである。ノーベル文学賞も受賞したし、いわば「生きている世界遺産」みたいな存在である。そうした偉大な人物と同じ空間で同じ空気を吸って、実際に歌ったり演奏したりしている姿を生で間近に観ることができただけでも、かけがえのない貴重な体験ができたと言えるのであろうと思いつつ、会場を後にした。

当日の会場の様子に少しだけ触れるが、スマホは禁止。YONDRという専用ポーチに入れられてロックをかけられる。双眼鏡、単眼鏡も持ち込み禁止。カバンの中はもちろん確認されるし、空港にあるような金属探知機による全身のチェックまであった。あと、グッズの販売はあったが、今回のツアーに関するパンフレット類の販売はなかった。

スマホに対する姿勢は、最近の他のポピュラー音楽のコンサートではかなり緩くなったというか、完全に取り締まるのは不可能だと最初から諦めているのか、観客の方も当たり前のようにスマホで動画や写真を撮影していたりする。でも、本来ならば、今回のような厳格な姿勢の方がむしろ当然なのであろう。でも、双眼鏡、単眼鏡も禁止する意味がよくわからなかった。照明や演出と同様、とにかく演奏を聴くことに集中しろと言いたいのかもしれない。

ボブ・ディランと比較するのはどうかと思うのだが、嘉門タツオのコンサートでは、毎回、「演奏中の録画録音、写真撮影、レントゲン撮影、胃カメラなどはすべてOK」「SNSへのアップもOK」というアナウンスがあるのがお約束である。アーティストによって録音や録画に対する姿勢はさまざまである。まあ、嘉門タツオの方が特殊なのであろう。

で、その嘉門タツオであるが、今年デビュー40周年を迎え、7月にライヴが予定されていたのだが、1月に飲酒運転で人身事故を起こした関係で、ライヴも中止、芸能活動も当面自粛ということになってしまった。こちらの方のチケットも前々から予約していたのにとても残念である。

飲酒運転を擁護するつもりはないが、半年も先の話である。許してやっても良いように思うのだが、僕が甘すぎるのであろうか。昨今のコンプライアンス重視の風潮は、正直なところ、少しやり過ぎ感があって、あまり好きになれない。そもそも芸術・芸能関係者、つまり役者、歌手、音楽家、芸人、噺家といった人々に対して一般人と同じ規範やルールの遵守を求めること自体、どんなものかと思ってしまう。彼らは彼らの世界の規範やルールに基づいて生きている人たちなのである。

勝新太郎、横山やすし、坂田藤十郎といった人たちは、古き良き時代に生きることができて幸せだったのかもしれない。


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