見出し画像

楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(@びわ湖ホール)について

3月5日(日)、滋賀県の「びわ湖ホール」にて、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の公演を鑑賞した。

僕にとっては、「びわ湖ホール」に行くこと自体、今回が初めてであった。JR大津駅を下車してから、徒歩で約20分ほどである。琵琶湖沿いであり、周辺は公園のように整備されている。ジョギングしたり散歩したりしている人たちも大勢いた。近くには、明智左馬之助の湖水渡りの石碑もあった。

Wikipediaより引用

「びわ湖ホール」は、西宮北口の「兵庫県立芸術文化センター」の大ホールよりもひと回りくらいに小さいが、なかなか良い雰囲気である。馬蹄形で4階席まである。

ホームページより引用

楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」であるが、僕は実演では過去に2回鑑賞しているので、今回が3回目となる。

ちなみに、1回目は、87年4月8日(水)、建替え前の「大阪フェスティバルホール」で、まだドイツが東西に分かれていた頃の「ベルリン国立歌劇場」(東側)の日本公演においてであった。指揮者はオトマール・スウィトナーである。

2回目は、88年11月13日(日)、渋谷の「NHKホール」で、「バイエルン国立歌劇場」の日本公演においてであった。指揮者はヴォルフガング・サヴァリッシュである。調べてみてわかったが、この時の同歌劇場の引越し公演の初日にあたる。

「ベルリン国立歌劇場」公演の方は、東側の劇場ということもあるせいか、舞台装置がやや簡素な印象であったことくらいしか記憶がない。YouTubeを検索すると、テレビ放送からコピーしたと思われる動画が見つかった。本当に便利な世の中である。動画を見た限りでは、演奏自体は穏当で悪くなかった。

「バイエルン国立歌劇場」公演の方は、とにかくキャストの豪華さに圧倒された。ベルント・ヴァイクル(ザックス)、クルト・モル(ポーグナー)、ルネ・コロ(ワルター)、ペーター・シュライヤー(ダーヴィット)、ルチア・ポップ(エヴァ)、ヘルマン・プライ(ベックメッサ―)と、まさにオールスター総出演という感じである。この作品の全曲盤CD・DVDでもこれより豪華なメンバーが揃ったものは知らない。こちらの舞台装置はユルゲン・ローゼの手による大がかりなもので、構造が上下二段になっており、さすがに欧州屈指の大歌劇場に相応しいと感心したのを覚えている。

蛇足になるが、実は本当ならば3回目は、今回ではなくて20年7月5日(日)、「兵庫県立芸術文化センター」大ホールにて、「オペラ夏の祭典2019-20 Japan⇔Tokyo⇔World」というイベントでの上演を観る予定であったのだが、コロナ渦で上演中止になった。実現していれば、今回の公演が4回目の実演となるはずであった。

この中止になった公演は、指揮が大野和士で、ザルツブルク・イースター音楽祭、ザクセン州立歌劇場、東京文化会館、新国立劇場の共同制作によるものであり、19年4月にザルツブルク復活祭音楽祭で、クリスティアン・ティーレマン指揮で初演されたのと同じプロダクションであった。エヴァをソプラノの林正子が歌うというので楽しみにしていたのだった。

で、今回の公演であるが、「セミ・ステージ形式」となっており、通常の舞台上演ではなくて、演奏会形式に照明や最低限の演出効果のみを加えた上演形式であった。

通常のオペラの上演ならば、オーケストラピットに潜る指揮者とオーケストラが舞台中央に構え、舞台奥と舞台手前のスペースを使って、歌手や合唱が入れ替わりつつ歌うことで物語が進行する。

舞台手前に置かれているのは、机や椅子、衝立といった最低限の物だけであり、それらの場所を移動させたり、天井から吊り下げているスクリーンに映し出す映像を変化させたりすることによって、場面転換を図るのである。あまり頻繁に場面転換が発生する作品ではないので、初めてこの作品を観る人でもさほど混乱せずに物語を理解できたのではないだろうか。

出演歌手のうちで、僕が知っていたのはテノールの福井敬(ワルター)だけであった。それ以外の歌手は知らない人たちばかりであった。まったく不勉強である。

演奏自体はオケの演奏も含めて悪くはなかったと思う。全体としてちょっとゆったりとしたテンポであった。それにしても4時間以上の長大な作品である。大きな瑕疵なく上演するだけでも容易ではないはずである。にもかかわらず、上演後に、指揮者の沼尻竜典、テノールの福井敬にブーイングをしている人がいたのには、ちょっと驚いたし、残念でもあった。

福井敬は著名な美声のテノールであり、僕も何度かライブでも聴いている。プッチーニの歌劇「トゥーランドット」の有名なアリア「誰も寝てはならぬ」などは、パバロッティの歌よりも好きである。

今回のワルター役は、長丁場を歌い通して、クライマックスの歌合戦の場面で最高潮の見せ場まで歌い切らないといけない難役である。正直、最後の方はしんどそうな感じがしたが、それでもブーイングは失礼であろう。

ザックス役の青山貴という人は知らなかったが、ザックスといえばドイツ・オーストリア系オペラのバス・バリトン系諸役の最高峰(あとは、ヴォータンとかオックス男爵があるが)とされる難しい役であり、第1幕の途中から第3幕の最後まで、ほぼ出ずっぱりでもあり、些かも破綻なく演じ切ったこと自体にまずは敬意を表したい。あとはポーグナー役の妻屋秀和という歌手も深い響きの美声が印象的であった。

ダーヴィット役の清水徹太郎、ベックメッサ―役の黒田博は芸達者との印象を受けた。第3幕のダーヴィットのヨハネ祭の歌は、ザックスならずとも彼を職人に昇格させてあげたいくらいに朗々と立派な歌いぶりであった。ベックメッサ―は敵役とはいえ、市役所の書記官である。あまり下品になり過ぎない今回くらいの演技が丁度良い。

先ほどのブーイングの件にも関連するが、上演自体はまずまずの出来だと思ったものの、観客の「民度」はイマイチな印象を受けた。どこから来ている人たちだったのやら。地理的には関西一円から来ていたのか、あるいは泊りがけで遠方から来ていた人も多かったのやら。いずれにせよ、「なんだかなあ」という感じである。

僕の思い込みや偏見も入っているかもしれないが、観客のマナーで気になったことを以下に記す。気を悪くする人がいたら、ご容赦いただきたい。
①会場側から、コロナ感染拡大防止のため、ブラボー等の声かけは禁止と館内放送されているにもかかわらず、ブラボーと叫んでいる人が何人かいた。
②ワーグナー作品の場合、普通のいわゆる「番号オペラ」と異なり、独立したアリア等は存在しないのだが、途中の意味不明なタイミングで拍手をする人がいた。
③これも会場側からの館内放送で、館内でのマスク着用を再三にわたり指示されているにもかかわらず、僕の周囲にも座席で勝手にマスクを外して鑑賞している人がいた。中高年以上の人であった。舞台の合唱メンバーでさえマスクをしているのを見て何も思わないのだろうか。
④で、最後に先ほど書いたブーイングの件である。

僕はクラシックやオペラを鑑賞して、ブーイングをしたことは1回もない。もしも、よほどに酷い演奏に遭遇したら、そのようにするかもしれないが、いまだ幸いなことにそこまで酷い演奏には出くわしたことがないし、基本的には「頑張りましたね」「ご苦労さま」といった、アーティストに対するリスペクトを欠くべきではないと思っている。

カネを払っている客なんだから何をやっても文句は言えないだろうという考えは傲慢である。相手は長年にわたり厳しい練習を積み重ねたプロなのである。もしかしたら、ご本人はいっぱしの通だと自負しているのかもしれないが、中途半端なイキがった態度は野暮というものであろう。

びわ湖ホールはこれまでもワーグナー作品の自主上演に取り組んできたのだそうで、今回でバイロイト祝祭劇場で上演される 10 作品すべてを網羅したことになるという。地方劇場としてはたいへんな快挙である。芸術監督で今回の公演で任期満了となる沼尻竜典が、07年から取り組んで実に16年間もかかったそうである。

僕の趣味としては、「オランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」にはあまり興味はないし、「パルシファル」はまだまだ近寄りがたいが、「指輪」と「トリスタン」は観ておきたかったと思う。もしも再上演の機会があれば、今度こそ見逃さないようにしたいものである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?