昼寝して帰る女

札幌時代、「昼寝して帰る女」に出会った。

彼女との出会いはひょんなことからだった。男友達Yがぼくにどうしても会いたいというので、豊平区あたりの喫茶店に出向いたら、果たしてそれはMLMの勧誘だった。

その三者の思惑の入り混じった、なんとも居心地の少し悪い空間に彼女は居た。MLMのことは後日Yを通じて断ったけれど、名刺交換をしていたので彼女からは頻繁に連絡が来るようになった。

そしてある日。

「薫さんの家に行っていい?Yが薫さんの家はとても『気』がいいって言ってたし。」

メールが来た。

特に断る理由もなかった。

たくさんの昼食を抱えて彼女はやってきた。二人でそれを食べ、彼女は喋り続けた。保険の営業をしている彼女は他人の部屋に居ることに慣れているのか、どちらかと言うとリラックスしていた。枕営業のこととか、前の旦那のこととか、息子のこととかを楽しそうに語った。彼女は僕と同い年。北国の女性にしては肌が少し浅黒かったけど、容姿は決して悪くはなかった。

「Yはね、不器用なの。だから私が一緒に行ったのね、あの時。」

「うん、Yは決して嘘をつかない。」

そして彼女はこの部屋について感想を述べた。

「本当にこの部屋は、空気が澄んでるわね。」

「Yと焼き肉したら煙もうもうになるけどね。」

「今度、焼き肉に呼んでよ。」

食事を終えると彼女はこたつに深めにもぐった。我が家のこたつ布団は、茶色ベースに白とピンクの小さめの水玉模様が入った、フリースベースのものだった。そこから上半身を出して、彼女は昼寝を始めたのだった。ただし本当に寝入っているのかどうかはわからない。ただ、とても安心しているようだった。

少しキスか、それ以上のことをしたらどうなるのか考えた。だけどその日、そのまま何もしなかった。短い昼休みが過ぎ彼女は保険の営業に向かい、ぼくは部屋に残った彼女の香水の匂いに鼻を鳴らした。

その後、何日か経って彼女が同じように昼食を持って現れ、そしてそれは何回か続いた。一緒に昼食を食べ、彼女は昼寝する。その姿をぼくが見つめる。

ある時、彼女が昼寝しながら身を寄せてきたことがあった。「うーん・・・」と寝ているのか寝ていないのか「けむ」を撒くような感じで僕の方に身体を傾けてきて、二人の身が擦れ合った。眼下に唇があった。好きな柑橘系の香水。吐息の温度を感じた。でもどうしてもキスできなかった。ぼくらの鼓膜を、こたつのヒーターのブーンという音が震わせた。食べかけの卵サンドウィッチが、その天板の上でカラカラと乾き始めていた。

彼女はあの時、どうして欲しかったんだろう。昼寝だけして帰る女との、とある思い出。

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