祖母が詐欺に遭った。
朝9:00、布団の中でごろごろしていた。気持ちがいい。このまま入っているとまた眠ってしまうので、起き上がるかどうか迷っているところに、祖母から電話が入った。朝から何用だろうか。僕は起き上がって電話に出た。こうして時々電話が掛かってくる。
「元気かー?」と来た。祖母の普段の挨拶だ。
僕も普段通り「うん」と答える。
「大丈夫かー?」と言ってきた。僕は「う、うん」と答える。
祖母は何の心配をしているのだろうか。僕が病気しているとでも誰かが間違った噂でも流したのだろうか。
「お前、肩が悪いって言ってただろう?」と言ってきた。
「いや、悪く無いよ」イエスとノーで質問に答える。
ちなみに肩が悪いのは祖母の方だ。僕は肩が悪いなどと言ったことがない。何の用だ。僕は布団に入っていたかった。何を伝えようとしているのか不明だ。何か理由を付けてササッと電話を切ろうか迷い出す。
「だってお前昨日電話でそう言ってきたろう?」と祖母。
「いや、電話してないよ」と僕。
「電話昨日したじゃないかー」と祖母。
「いやしてない」と僕。ますます会話の辻褄が合わなくなっていく。
何かがおかしい。遂に祖母の頭がオシャカになったか、僕がイカれていたかのどちらかだと思った。
しかし僕は確かに電話なんて掛けていない。となると祖母側の記憶に問題がある。前回祖母に会った時、特に異常はなかったが、現代の認知症は突然僕らに襲いかかり、こうして記憶を改竄していくのだろうか。
「いや電話しただろう?」
「してない、遂に頭がボケたか?」
「何だ、お前そんな言い草ないだろう」
ボケてはいない様子だ。祖母は続けた。
「だってホラお前、昨日お前の仕事の人がお金を取りに来ただろう?」
「…?!」
金…?
これは、もしや、そうか、しまった、なるほど、やられたな……。
僕はまだ布団の中ごろごろしていて、これは祖母と電話をしている夢を見ているのだと信じたかった。
しかしこれは夢ではなかった。祖母は詐欺にあったのだ。典型的な「オレオレ詐欺事件」だ。祖母は金を盗られたのだ。
「…そりゃ詐欺だ」と僕が伝えると、
「え?いやほらお前電話しただろう?」祖母はまだ認めずに続ける。段々と声が荒げて行く。
「いや、してない」
「いやお前電話しただろう?」
「いや、してない」
「いやお前電話しただろう?」
「いや、してない」
「いやお前電話しただろう?」
まだまだ認めない。祖母は僕が電話したと未だに信じているようだ。
何度もそれは詐欺だと伝え、段々と祖母は自分の身に起こった事を理解していった。自分のお金をどこぞの馬の骨に手渡ししたという事を。
「えぇ〜……」
溜まりに溜まった溜息が、口からだけでなく全身の毛穴から放出される。壊れたラジカセテープのように「えぇ…」とリピートしていた。というか、混乱で口が回らず言葉にならなかったんだと思う。
心から絞り出された地獄の声。何処か崖下へ落ちていく絶望に満ち溢れたような声、こんな声を僕は聞いた事が無かった。
その後警察署へ行き、警察が自宅へ来て、被害届を提出した。
ちなみに被害金額は120万円。お金を受け取った人は一体それを何に使うのか問いたい。
キャバクラに使うのだろうか?パチンコへ行くのだろうか?任天堂Switchを買うのだろうか?学費に使うのだろうか?
こんな想像上の冗談を言おうと言うまいと、金は返ってこない。
その日の内に祖母の元へ出向いた。
昨日一瞬にして自身の有り金を無くした人の顔はどんな物なのだろうかと思っていた。
祖母は僕の予想に反し、特別に変化はなかった。
「田舎から米送られてきたから持ってけえれ」との事。呑気なものだ。
(防犯とプライバシー保護のため、事実内容を変更しています。)
2022/04/23
タイトルと本文一部を変更しました。
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