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ごはんの優先順位~いちばん大切なことは何なのか

2回目のごはんトークイベントを昨日開いた。
今回もあり得ないほど盛り上がった。なぜ人は、たかがごはんの話でこれほど盛り上がれるのだろう。

前回に比べて今回はおだやかな参加者が多く、パートナーとの味付けの違いだとか、味が決まらないのだがどうすればいいのかとか、朝ごはんのメニューがどうも決まらないとか、ごはんの悩みと思うことを、みんなでお茶を飲みつつ話す。

それぞれのごはんの悩みは、つまりその人がごはんでこだわっている部分だ。味だったり、家族の反応だったり、栄養だったり。自分がごはんについて大事だと思うことがクリアできると、だいぶ気持ちが軽くなる。

自分の大事なことがわからないとき、人は「みんなと同じぐらい」の平均点を目指そうとする。ところが「みんな」なんて人はどこにもいない。平均点をつなぎ合わせているはずが、いつのまにかすごい理想が頭の中にできてしまい、それと比べることで自己評価を下げている人が案外多い。自分が自分で掘った穴に落ちていることに、人はなかなか気がつけない。

ところで、うちの夫はよく「ごはんで一番大事なことは、あることだ」と主張する。味付けや量に文句を言ってはいけないと親に育てられた彼は、本来すごい偏食家なのだが、私の出すごはんには不平不満を言ったことは一度もないし、ご飯一粒残さない。しかもそのスピリットは息子にもちゃんと受け継がれた。感謝しかない。

私は食べるのも作るのも大好きで、だからこそいつも頭の中にいる理想のシェフと比べて自分は足りないと自分の料理にダメ出しをしていたのだけれど、いつの間にか夫の「あること一番」の考えがうつって、心が安定した。
いまここに自分や家族が死なずに生きているということは「ちゃんとごはんがあった」ということであり、まず第一段階はクリアできている。O K、私は大丈夫。

それが毒でないことや喧嘩しなくていいほどの量があることが2段階目で、経済性や栄養のバランスなどがその次、おいしさや見栄えなどは、そのずっとずっと後にくることだ。こう考えると料理が下手だなどという悩みはずいぶん軽減する。

少なくとも私の思う優先順位はこうなんだけれど、それも人によって違うから、自分の食の優先順位を意識してみるといいんじゃないかなと思っている。

このことを、あちこちで伝えている。
今はSNSに素敵な画像が流れることで、自分以外の全員が美味しいものを食べているかのような錯覚を起こしがちだ。特に食の周辺にいる人々はおいしさにこだわりすぎる人が多い。食べ物のありがたみを忘れてうまい、まずいと言う(私もだ)。でも命を脅かされるほど飢えているとき、うまいまずいなんて言う人はいない。

今回もそんな話をしてどう感じたかな~と思っていたら、参加者のひとり、食ライターの田窪綾さんがnoteにまとめてくださっていた。ぜひご覧ください。


読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。