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【第2章】その40✤ラドロー城 嵐の前の幸せなひととき

美しい木漏れ日の中の森で

『Loveday(愛の日)』の敵同士が手をつないでのパレードは、ヘンリー6世が思うように皆で楽しく“仲直り”という状況にはならなかったが、1458年から1459年にかけては、それでもまだ平和な時期だった。
 
 色々思うところのあったセシリーは上の息子達の縁談を決めるべく、ヨーロッパ中の王室も視野に入れて考えるが、今のヨーク家の立場では他の王室から姫を娶るのは難しい相談だった。ヨーク家はイングランド王家と敵対しているのではないか、ヨーク家の数年後はどうなっているのか誰も予想できない状態で、誰が名家の姫をこのヨーク家に嫁がせたいと思うだろう。
 
 ベアトリスにしても、そもそもランカスター家から預かった形であり、しかも彼女の存在を公に公開するのも色々な問題から難しく、結局ランカスター家とヨーク家の覇権争いが解決しない間は、具体的な案は何もでてこなかった。
 
 ベアトリスの生活は、と言えば、あいかわらず庭で花の世話をし、家事を手伝い、マーガレットと共に、末の2人の弟ジョージとリチャードの世話をしていた幸せな時期でもあった。エリザベスと2歳違いで彼女と双子のようにいつも一緒にいたマーガレットは、エリザベスが嫁いでしまい、今はベアトリスの側から離れようとしない。ジョージやリチャードはやんちゃな時期で庭や屋敷を走り回り、その2人の世話は手伝いの女官達だけでは大変だったので、セシリーにとってもベアトリスとマーガレットの存在は有り難いものだったのだ。
 
 そんな頃、1458年の冬はエドワードとエドムンドも家族のいるラドロー城にしばしば帰宅していた。16歳になり体格も大柄になったエドワードは子供時代に比べて随分周りの人にも優しく接することができるようになっていたし、逞しく成長したエドワードとエドムンドの帰宅は母セシリーはもちろん妹や弟達も喜ばせた。
 
 もともとマーガレットととも昔から仲の良かったエドムンドは弟2人も連れて、城に隣接する森を散策に行こうと提案し、冬で夕方には森も早く暗くなるため、早朝から出発することにした。
 
 エドムンド、ベアトリス、マーガレット、ジョージとリチャードと5人での遠足を一番喜んだのはもちろん下の弟2人だった。
 
 早朝の森は朝靄(あさもや)がかかり、昼間とは違う静粛な雰囲気を醸し出していた。ベアトリスは子供時代によくエドムンドと森まで遊びに来たことを思い出していた。彼が騎士の教育のためラドロー城を離れてからは、森まで遠出することはすっかり遠のいていたのだ。
 
 久しぶりに来た森は、再び自分達の来訪を喜んでくれているように感じた。森の動物達は冬眠の時期ということもあり、森の中は静かだった。
 
 昔よく遊んだ川もそのままで、弟達はその川に入って遊びたがっていたが、冬の川は危ないので、少し奥に入った湖の畔(ほとり)に腰を降ろし、深い青い色の湖を眺めていた。その日は冬とは思えない穏やかな天気で、日が差す場所にいると寒さは感じなかった。
 
 マーガレットと弟2人が湖の反対側へ行きたいと言うので、大きくもない湖だったこともあり、3人で行かせることにした。ふいに2人きりになり、ベアトリスはエドムンドといつも一緒に過ごしていた子供時代に戻った気分になっていた。
 
 それはエドムンドも同じだったようで、エドムンドは言った。
「よく2人でここに来たね」と……。
 
 エドムンドが家を出てから約3年の歳月が経ち、騎士教育を受けてすっかり立派な青年に成長したのはエドワードだけではなくて、15歳のエドムンドも同じだった。
 
 ベアトリスは本当には
「あなたがいなくて寂しい」と言いたかったが、それを言うことはできなかった。
いつかそれぞれ親族によって決められた相手と結婚するのが当然と思っていたので、エドムンドを想う気持ちは兄弟を思う気持ちと同じだと、無理にでも自分に言い聞かせるように努めていたのだ。
 
 なのでエドムンドがこう言った時、ベアトリスは驚きを隠せなかった。
「エリザベスが結婚したね、自分の意思で。だからきっと僕たちも、親が決めた相手ではなくて、いつか自分の想う相手と結婚できる日が来るだろう。そして僕の気持ちは昔から決まっているよ」
エドムンドはその一瞬ベアトリスの目を恋しい人を想う目で見つめたのだった。それは本当にほんの一瞬のことだった。

「え……それは……?」とベアトリスが聞こうとしたまさにその時、マーガレット達が戻ってきたので、その先の質問はできぬままのベアトリスだった。
 
 このようにヨーク家のラドロー城での平和な冬が終わり、そして薔薇戦争の中でも激動の年が始まるのは年が明けた1459年の春になってからのことだった。


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