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長恨歌 白居易

長恨歌は高校の古文で少し学んだのですが、その頃は根性を出せずついに全文を暗誦することなく終わってしまいました。そんなくすぶりを解消すべく、一度しっかり読んでみようと思いました。

ところがどっこい、どう読むかという書き下し文には複数の説があり、決定版のようなものはないようでした。決めなければ覚えられない! それならば、とnoteに挙げられるよう、調べることにしました。

結局、漢文のオーソドックスな書き下し文がベースになりました。自分としてもしっくりきました。

唐の玄宗皇帝が楊貴妃を寵愛したことは有名です。皇帝は政治を疎かにして、結果的に国を乱す原因にもなりました。動乱で妃を死なせることになり、深く悲しんだ玄宗は彼女の面影を追い求めます。

決して離れない男女の絆を、比翼の鳥、連理の枝というようになったのも長恨歌からです。

玄宗と楊貴妃は、源氏物語の桐壺帝と桐壺の更衣を思わせます。もちろん、長恨歌のほうが本家、というわけです。白居易(白楽天)は、唐とはいわず、漢に変えています。

左は原文、右は書き下し文です。


長恨歌 白居易

 漢皇重色思傾國 漢皇(かんこう)色を重んじて傾国を思ふ
 御宇多年求不得 御宇(ぎょう)多年求むれども得ず
 楊家有女初長成 楊家に女(むすめ)有り初めて長成す
 養在深閨人未識 養われて深閨に在り人未だ識らず
 天生麗質難自棄 天生の麗質自(おのずか)ら棄て難く
 一朝選在君王側 一朝選ばれて君王(くんのう)の側(かたわら)に在り
 廻眸一笑百媚生 眸を回(めぐ)らして一たび笑すれば百媚生じ
 六宮粉黛無顏色 六宮(りっきゅう)の粉黛(ふんたい)顏色なし

 春寒賜浴華清池 春寒くして浴を賜(たま)ふ華清の池
 温泉水滑洗凝脂 温泉水滑らかにして凝脂(ぎょうし)を洗ふ
 侍兒扶起嬌無力 侍兒(じじ)扶(たす)け起こすも嬌として力無し
 始是新承恩澤時 始めてこれ新たに恩沢を承けし時
 雲鬢花顏金歩搖 雲鬢(うんびん)花顏(かがん)金歩搖(きんほよう)
 芙蓉帳暖度春宵 芙蓉の帳(とばり)暖かくして春宵を度(わた)る
 春宵苦短日高起 春宵苦(はなは)だ短くて日高くして起く
 從此君王不早朝 此れより君王早朝せず

 承歡侍宴無閑暇 歓を承(う)け宴に侍(じ)して閑暇無し
 春從春遊夜專夜 春は春の遊びに従ひ夜は夜を専らにす
 後宮佳麗三千人 後宮の佳麗三千人
 三千寵愛在一身 三千の寵愛一身にあり

 金屋粧成嬌侍夜 金屋(きんおく)粧(よそほ)ひ成りて嬌として夜に侍し
 玉樓宴罷醉和春 玉楼宴罷(や)みて酔ひて春に和す
 姊妹弟兄皆列士 姉妹弟兄(しまいていけい)皆な土に列す
 可憐光彩生門戸 憐れむべし 光彩門戸に生ず
 遂令天下父母心 遂に天下の父母の心をして
 不重生男重生女 男を生むを重んぜず女を生むを重んぜしむ

 驪宮高處入青雲 驪宮(りきゅう)高き処 青雲に入(い)る
 仙樂風飄處處聞 仙楽風に飄(ひるが)へりて処処に聞こゆ
 緩歌慢舞凝絲竹 緩歌(かんか)慢舞 糸竹(しちく)を凝らし
 盡日君王看不足 尽日(じんじつ)君王看れども足りず
 漁陽鼙鼓動地來 漁陽(ぎょよう)の鼙鼓(へいこ) 地を動かして来たり
 驚破霓裳羽衣曲 驚破す霓裳(げいしょう)羽衣(うい)の曲
 九重城闕煙塵生 九重(きゅうちょう)の城闕(じょうけつ)煙塵(えんじん)生じ
 千乘萬騎西南行 千乗万騎 西南に行く

 翠華搖搖行復止 翠華揺揺として行きて復(ま)た止まる
 西出都門百餘里 西のかた都門を出でて百余里
 六軍不發無奈何 六軍(りくぐん)発せず奈何(いかん)ともする無く
 宛轉蛾眉馬前死 宛転(えんてん)たる蛾媚 馬前に死す
 花鈿委地無人收 花の鈿(かんざし)地に委(ゆだ)ねられて人の収むる無し
 翠翹金雀玉搔頭 翠翹(すいぎょう)金雀 玉搔頭(ぎょくそうとう) 
 君王掩面救不得 君王面を掩ひて救ひ得ず
 廻看血涙相和流 廻(かえ)り看れば血涙相和(あいわ)して流る

 黄埃散漫風蕭索 黄埃(こうあい)散漫として風蕭索(しょうさく)たり
 雲棧縈紆登劍閣 雲桟(うんせん)縈紆(えいう)にして剣閣に登る
 峨嵋山下少人行 蛾媚山下(さんか) 人の行くこと少なく
 旌旗無光日色薄 旌旗(せいき)光無く日色薄し
 蜀江水碧蜀山青 蜀江水碧(みどり)にして蜀山青し
 聖主朝朝暮暮情 聖主朝朝(あさなあさな)暮暮(ゆうべゆうべ)の情
 行宮見月傷心色 行宮(あんぐう)月を見れば傷心の色
 夜雨聞鈴腸斷聲 夜雨(やう)鈴を聞けば腸(はらわた)の断たれる声

 天旋日轉迴龍馭 天旋(めぐ)り日転じて竜馭(りゅうぎょ)を迴(めぐら)し
 到此躊躇不能去 此(ここ)に致りて躊躇して去る能はず
 馬嵬坡下泥土中 馬嵬坡(ばかいは)の下(もと)泥土の中
 不見玉顏空死處 玉顔を見ず空しく死せる処
 君臣相顧盡霑衣 君臣相顧みて尽(ことごと)く衣を霑(うるおほす
 東望都門信馬歸 都門を東のかた望みて馬に信(まか)せて帰る
 
 歸來池苑皆依舊 帰り来たれば池苑(ちえん)皆旧に依る
 太液芙蓉未央柳 太液(たいえき)の芙蓉 未央(びおう)の柳
 芙蓉如面柳如眉 芙蓉は面(めん)の如く柳は眉の如し
 對此如何不涙垂 此に対して如何(いかん)ぞ涙垂れざらん
 春風桃李花開夜 春風桃李 花開く夜
 秋雨梧桐葉落時 秋雨梧桐(ごどう) 葉落つる時
 西宮南苑多秋草 西宮(せいきゅう)南苑 秋草(しゅうそう多く
 宮葉滿階紅不掃 宮葉階(きざはし)に満(み)ちて紅(くれない)掃(はら)はず
 梨園弟子白髮新 梨園の弟子(ていし)白髪新(あら)たに
 椒房阿監青娥老 椒房(しょうぼう)の阿監 青娥(せいが)老ゆ

 夕殿螢飛思悄然 夕殿(ゆうでん)に蛍飛びて思ひ悄然たり
 孤燈挑盡未成眠 孤灯挑(かか)げ尽くすも未だ眠り成さず
 遲遲鐘鼓初長夜 遅遅たる鐘鼓(しょうこ)初めて長きの夜
 耿耿星河欲曙天 耿耿(こうこう)たる星河曙(あ)けんと欲する天
 鴛鴦瓦冷霜華重 鴛鴦の瓦は冷ややかにして霜華(そうか)重く
 翡翠衾寒誰與共 翡翠の衾(しとね)は寒くして誰とか共にせん
 悠悠生死別經年 悠悠たる生死、別れて年を経たり
 魂魄不曾來入夢 魂魄(こんぱく)かつて来たりて夢に入(い)らず

 臨邛道士鴻都客 臨邛(りんきょう)の道士 鴻都(こうと)の客
 能以精誠致魂魄 能(よ)く精誠を以つて魂魄(こんぱく)を致す
 為感君王輾轉思 君王の展転の思ひに感ずるが為に
 遂教方士殷勤覓 遂に方士をして殷勤に覓(もと)めしむ
 排空馭氣奔如電 空を排し気を馭して奔(はし)ること電(いなずま)の如く
 升天入地求之徧 天に昇り地に入りて之を求むること遍(あまね)し
 上窮碧落下黄泉 上は碧落を窮(きわ)め下は黄泉(こうせん)
 兩處茫茫皆不見 両処茫茫として皆見えず

 忽聞海上有仙山 忽(たちま)ち聞く海上に仙山(せんざん)有りと
 山在虚無縹緲間 山は虚無縹緲(ひょうびょう)の間(かん)に在り
 樓閣玲瓏五雲起 楼閣玲瓏として五雲起こり
 其中綽約多仙子 其の中に綽約(しゃくやく)として仙子(せんし)多し
 中有一人字太眞 中に一人有り字(あざな)は太真
 雪膚花貌參差是 雪の膚(はだ)花の貌(かんばせ)参差(しんし)として是なり
 金闕西廂叩玉扃 金闕(きんけつ)の廂(さいしょう)玉扃(ぎょくけい)を叩き
 轉教小玉報雙成 転じて小玉をして双成(そうせい)に報ぜしむ
 聞道漢家天子使 聞くならく漢家(かんけ)の天子の使ひと
 九華帳裏夢中驚 九華帳裏(ちょうり) 夢中に驚く

 攬衣推枕起裴回 衣を攬(と)り枕を推(お)し起(た)ちて徘徊す
 珠箔銀屏邐迤開 珠箔(しゅはく)銀屏(ぎんぺい)邐迤(りい)として開く
 雲鬢半垂新睡覺 雲鬢(うんびん)半ば垂れて新たに睡(ねむり)より覚む
 花冠不整下堂來 花冠(かかん)整へず堂を下(お)りて来たる
 風吹仙袂飄颻舉 風は仙袂(せんぺい)を吹きて飄飄として挙がる
 猶似霓裳羽衣舞 猶ほ似たり霓裳(げいしょう)羽衣(うい)の舞
 玉容寂寞涙闌干 玉容寂寞(せきばく)として涙闌干(らんかん)たり
 梨花一枝春帶雨 梨花(りか)一枝(いっし) 春(はる)雨を帯(お)ぶ

 含情凝睇謝君王 情を含み睇(ひとみ)を凝らして君主に謝す
 一別音容兩渺茫 一たび別れしより音容両(ふた)つながら渺茫たり
 昭陽殿裏恩愛絕 昭陽(しょうよう)殿裏(でんり)恩愛絶え
 蓬萊宮中日月長 蓬莱宮中日月(じつげつ)長し
 回頭下望人寰處 頭(こうべ)を迴らして下に人寰(じんかん)を望む処
 不見長安見塵霧 長安を見ずして塵霧(じんむ)を見る
 唯將舊物表深情 惟(た)だ旧物を将つて深情を表わさん
 鈿合金釵寄將去 鈿合(でんごう)金釵(きんさい)寄せ将(も)ち去らしむ
 釵留一股合一扇 釵(さい)は一股(いっこ)を留(とど)め、合は一扇(いっせん)
 釵擘黄金合分鈿 釵は黄金を擘(さ)き合(ごう)は鈿(でん)を分かつ
 但令心似金鈿堅 但(た)だ心をして金鈿の堅(かたき)に似せしむれば
 天上人間會相見 天上人間(じんかん) 会(かなら)ず相ひ見(まみ)えんと
 
 臨別殷勤重寄詞 別れに臨んで殷勤に重ねて詞(ことば)を寄す
 詞中有誓兩心知 詞中(しちゅう)に誓ひ有り両心のみ知る
 七月七日長生殿 七月(ふみづき)七日長生殿
 夜半無人私語時 夜半(やはん)人無く私語の時
 在天願作比翼鳥 天に在りては願はくは比翼の鳥と作(な)り
 在地願爲連理枝 地に在りては願はくは連理の枝と為らんと
 天長地久有時盡 天長く地久しきも時有りて尽(つ)きん
 此恨綿綿無絕期 此の恨み綿綿として尽(つ)くる期(き)無からん

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