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閉店前日、花園町のミスドにて。母と振り返った家族の30年。〈#ミスドの思いド〉

「松山市花園町のミスドが閉店する」

どうしてもさいごに母と訪れたくて、閉店前日に足を運んだ。それは2015年10月30日のこと。

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ポンデリング、オールドファッション、チョコオールドファッション。

カウンターの向かいのテーブル席に場所を決め、店内をゆっくり見渡しながら、お馴染みのドーナツに手を伸ばした。

店内はハローウィン仕様になっていて、その賑やかさが逆に物悲しく感じる。

「スクラッチたくさんしたよね。」ぽつりぽつりと母が話始めた。姉とミスドのスクラッチカードを競うようにして削りあった日のこと。

3歳の頃、花園町にある音楽教室に通い始めた。ミスドはその側にあった。

母が「今日はミスドに寄って帰ろう」と誘う。それが堪らなく嬉しかった。

わたしのお気に入りは、長方形のエビグラタンパイ。母はいつもオールドファッション。姉はゴールデンチョコレートが好きだった。

ガラスケースにへばりついて背伸びしながら選んだドーナツ。進級テストも発表会も、ドーナツと共にあった。

背伸びする必要がなくなった頃、わたしは父とミスドデートをした。わたしのお気に入りは豆腐ドーナツ。父は飲茶セット。「ちょっと頂戴」と小籠包や小さめの肉まんを横からぱくぱく。父は、苦笑いしながら追加でドーナツを買いに行く。それがお決まりだった。

進学を機に故郷を10年ほど離れ、帰郷した時、わたしはまたあの音楽教室に入学した。その頃、エビグラタンパイは長方形から六角形に姿を変えていた。

花園町のミスド。ここには家族の歴史がある。テーブルの傷や色褪せたフロア、全てが愛おしく離れ難い。涙が溢れる。

「さ、帰ろう…」母は静かに言った。

母に手を引かれて訪れていたミスド。さいごの日も母はわたしの手を引いてくれた。

カウンターに目をやる。小さな"わたし"が脚をぶらぶらさせ幸せそうにドーナツを頬張っている。

「ありがとう。大好きな花園町のミスド。そして、さようなら。」

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✳︎掲載の写真は全てその時に撮ったものです。