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「すごく美しい。君に見せなくては」

2023年12月13日のツイートまとめ。発端は描く/書く人達のモチベーションは何か、承認欲求か、承認されなければ描く/書く意味を感じられないか……というような話だったと思う。

たぶん当番が特に何の反応もなくても、誰かから何らかの反応が来るより速く大量にじゃんじゃんツイートしてしまうツイ廃であるのと同じように、絵をじゃんじゃん描く人や小説をじゃんじゃん書く人というのはもう何かそうやってアウトプットすること自体が楽しい描き廃/書き廃なんだと思う>RPs

当番もツイートすること自体が楽しいし、常にもっとツイートがしたい。

当番は当番の目に映ったものだとか、当番の中に浮かんだ概念だとかイメージだとかの形を言葉でとることそのものが好きなんだよ。絵を描きたくてじゃんじゃん描くひとは、目に映ったものや当人の中に浮かんだ概念やイメージだとかの形を線や色でとることそのものが好きなんだと思う。

当番の「もっと書きたい」を支えるモチベーションって「人が見てくれる」ではなくて(見てくれたら見てくれたで、それは嬉しい)、「当番が書きたい何かに接したこと」や「当番が書きたい何かを感じたこと」から湧く。「推しがいる、推しを見た」とかじゃないよ、まあそれもゼロじゃないけれど。

書きたいな、書けるなと感じたことはじゃんじゃん書きたいんだよ。かわいい猫ちゃんがいれば猫ちゃんのかわいさを書きたいし、いい文章を読めば感想を書きたいし、わからなかったことがわかったならわかったことを書きたい。もちろん推しがあまりにかわいければ推しのかわいげを書きたい。

つまりは「書きたい題材がある」、いくらでもある。書く気力体力筆力が足りないときがあろうとも、書く題材というものが尽きない限り、当番から書く意欲は失われない。書きたい題材があるということは、当番がその題材に魅力を感じているということ。当番を魅了する題材は常にある。

占星術はこんなに面白いよと書きたいし、ハウスサイン天体でこんなにも遊べるよと書きたいし、フォロイーさんが魅力的なツイートをしているのを見ればそれの魅力について書きたい。ベビヨ(※)がかわいければベビヨがかわいいと書きたいし、愛の重い源氏兄弟にエモを感じたら愛の重い話を書きたい。

※スターウォーズシリーズのスピンオフドラマ『マンダロリアン』に登場する「ベビーヨーダ」ことグローグーのこと。ベビーヨーダ、略してベビヨ。ヨーダと同種族の別個体。生後50年の赤ちゃん。銀河系でいちばんかわいい産毛の生えたメロンパン。

今日はとうとう吐く息が白くなったこと、茹でた白菜を熱いうちにざく切りにしてヒガシマルうどんスープの粉で和えるとおいしいこと、他人は当番ではないから「吐く息が白くて白菜が旨いから何なんだ」と思うかもしれないが、当番はそれに魅力を感じたのだから書く。

【2024年5月1日追記】
当番に「承認欲求」がないと言えば嘘になる。だが、同じ「見てほしい」であっても「当番が書いた/描いたものを見てほしい」と「これを書いた/描いた当番を見てほしい」は違う、と当番は思っている。当番は前者の濃度が高い(後者が全然ないわけではないが)。占星術の小ネタを書いたなら「占星術って楽しいんだな」とか「占星術ってこういう展開もできるんだな」とか思ってもらいたいのだ。「占星術でこんなことを思いつく当番さんすごいな」ではなくて。

料理の話を書いたら「おいしそうだ」とか「お腹すいたじゃないかこのやろう」とか思ってもらえたらそれでもう嬉しいわけで、「当番さんお料理上手なんだな」とは思ってくれなくても構わない(思ってくれても勿論構わない)。何なら「当番がやるような料理くらい自分だってできらあ」と思ってくれても構わない。自分でもできるのは大変めでたいことだから、ぜひやってほしいし、料理談義なり占星術談義なり、当番より上手くやれる人の文章は当番いつだって喜んで読みに行く。

当番が愛読している「読書猿」さんのブログに「書くことが嫌いにならないための10箇条」という記事がある。

当番が好きなのは第2条と第3条。特に第3条が好き。

2.インスピレーションの元の意味=息を吸い込むこと

3.何故書くのかと思い迷ったら、ヴァン・ゴッホが弟テオに宛てた手紙を思い出そう。彼がまだ僧職につくための勉強を安下宿で続けていた頃だ。机から顔を上げ、窓から青みがかった黄昏を見て、ノートの端に電柱や星を描いて、こう付け加えた。

「すごく美しい。君に見せなくては」

「書くことが嫌いにならないための10箇条」読書猿ブログ

「すごく美しい。君に見せなくては」これなんですよ。弟へ送る手紙の隅に電柱や星を描いたとき、見せたいものは絵そのものではなくて「黄昏の美しさ」。「すごく美しい、君に見せなくては」と書き添えたとき、伝えたいことは「この黄昏が美しいので、弟に見せたくなった」という感情。美しさに心動かされて、美しさそのものと、それに心動いたことを描き/書きとめる。それを見せたい相手が(どこかに)いる。これ。

「当番が書いたものが読んだ人の心を動かすかどうか」はまた別の話。でも「書きたくなったときに当番の心が動いていたこと」は、それはそれで確実。当番は「当番が書きたいと思った(当番の心が動いた)」だけで書くモチベーションとしては充分で、書いて投げて、返ってくる反応については二の次だっていう話。まあ反応が返ってきたらそれでまた当番の心が動いて文字数が伸びる傾向にはあるけれどね? 反応が何もなくたって自分でどんどん伸ばす傾向にあるからね?

【更に追記】
数打ちゃたまには他人の心も動くし、反応も返ってきます。反応ゼロもいっぱいあるけれど、最初に当番の心が動いている時点で大当たりだし、その頃にはもう次の獲物を追い回しているので反応の有無はオマケです。世界は獲物に満ちている。

世界は広いので書くモチベーションには事欠かないし、世界は広いので書いて出してりゃたまには面白がってくれる人もいるだろう。当番はそんな感じでやっております。



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