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新しいカニを飼う話⑩ 入院した日の記録

その日は、台風が去って行った朝だった。駅まで夫に来るまで送ってもらい、そのあとは電車を乗り継いでひとりで病院に着いた。下界の食事はしばらくないんだと思って(実はそんなことはなかった)、タリーズでシナモンロールとコーヒーのひと時を過ごす。

院内のタリーズ。


1階の外来受付は無視して、指定された14階の病棟を目指す。エレベーターホールからは、IDがないと入れないので、看護師さんが迎えに来てくれた。

病室に入る前に、デイルームで必要事項を書き込んだ各種同意書などの書類を渡し、しばらく待っていた。そのうちに雨が降ってきた。雨に濡れずに入院できてよかったな、と思った。
病室は収納家具で仕切られた、半個室の4人部屋。はめごろしだが、天井までの大きな窓がある。一通り、部屋の設備と、トイレやシャワールームの場所、デイルームのほかに9階にラウンジがあることなどを教えてもらう。

まずは部屋の「巣作り」。持ってきた収納バスケット、ウォールポケットを設置して、ティッシュ類やケアグッズを納める。各種充電コーナーも作った。収納がとても充実していて、ベッドサイドの隠し扉みたいな細長い収納が便利だった。

ベッドサイドの細長い収納が優秀だった。持ってきたマリメッコのペーパーナプキンを敷いてみたりした。


退院日はまだ決まっていなかったけれど、どんなに早くても5日間は過ごす部屋だったので、いろいろと工夫したつもりだった。
途中、検温・血圧測定があって、また何枚か書類を書く。

パジャマは、手術の翌日から着る分だけを持ってきていた。入院当日と手術当日のパジャマはリースした。
なんとなく着慣れたパジャマの方が快適だろうと思ったけれど、けっこう寝汗もかくので、ずっとリースのパジャマでもよかったな…とはあとで思ったたこと。使わないつもりでいたコインランドリーを使う事にもなった。


窓からの景色と、持ってきたおやつ


そうこうするうちに正午、ひるごはん。ごく普通に美味しかった。食事制限はないので、食事が美味しいことは何より嬉しいことだ。

いろいろな豆がはいったおこわみたいなご飯がおいしかった。かなりおなかいっぱいになる。

午後も、様々なスタッフが入れ替わり立ち代わりスタッフがやって来る。そしてたくさん書類にサインした。書きなれたペンは必需品。ただしフリクションペンはだめ。

暴れるほど痛い注射

15時、翌日の手術に備えて直前検査や処置。
ここで予想していなかったことが起こる。センチネルリンパ造影剤の注射が、ものすごく痛かったのだ。
自分のケースに当てはまらない体験談は、読んでも不安になるだけだし、医療情報の偏りもあるかもしれないので、「おっぱいがたいへん!!」以外は読まないことにしていた。だから、造影剤の注射は、どうってことないと思っていた。
胸の上のあたりに針が入る。
「いったーーーーーい!!! 」
足をバタバタして暴れるほど痛かった。痛くて足をバタバタさせるなんて、陣痛のときだってなかった(はず)。
つっけんどんな話し方をする若い男性の医師が、「いい反応です。しっかり入っている証拠です」と淡々と言う。怒られたり、なだめられたりしなかった分、恥ずかしさはなくてよかったけれど。
しばらくすると痛みは和らいで、その代わりぼんやりとした温かさがある。温かく感じる場所は、少しずつ移動する。

16時、CTみたいな機械で、仰向けで腕をあげて検査撮影。気持ちよくウトウトする。
そのあとは特にすることがなく、夕飯までの間、ミニデスクで仕事をしたり、Wi-Fiがあるラウンジで夜に見るつもりの動画をダウンロードしたり、巣作りの続きをしていた。
合間に、たくさんの友だちとチャットしていた。たくさん支えてもらう。話を聞いてもらう(チャットだから読んでもらう)。応援をもらう。

18時、夕飯。これも美味しかった。鱒と舞茸の揚げ出し風が、ちょっと日本酒が欲しくなるような味わいだった。
大きな窓越しに、夜景を見ながら食べる。このあともずっと、ベッドにそなえつけのテーブルではなく、膝くらいの高さの出窓になっている窓辺で食事をした。

シャワーを浴びた。術後は諸々の管が抜けるまで、シャワーはできない。美容師さんからもらったシャンプーとコンディショナーを使う。髪がさらさらになった。

タブレット・スマホ・フォルダーは、このあと別のところに固定した。ミニクッションや首枕は大活躍だった。

消灯は22時だけど、スマホやタブレットを見ていても別に注意されたりはしない。音はBluetoothイヤホンで聞いていた。
ダウンロードしておいた「House of GUCCI」を、結局最後まで見てしまう。
ベッドは電動で頭側も足も自在に角度調整できる。快適な姿勢で映画を見て、ときどきロールスクリーンを上げて夜景を眺めたりもする。

まだ建物が新しく内装がきれいで、ごはんがおいしくて、大きな窓からの景色もいい。リトリートホテルだろうかここは。

手術前日は、21時以降禁食・0時以降禁飲だったので、最後に飲んでいい水で処方してもらった眠剤を飲み、横たわったあとはほとんど記憶がないままに朝を迎えることになった。


不穏な空。次の台風が、すでにできていた。


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