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第10話ー初めて文章化するNYCで暮らして学校に通った6年間ー10代の少女が感じたこと 「マディソン・スクエアー・ガーデンを体験!」

どこにいても、特に若い子の中に入ると自分が極端に小さく感じた。いつも15センチのヒールを履いていたが、それでも十分ではなかった。体の大きさにこれほど心が左右されるなんて、まるで野生動物だと思った。

家に戻ると、ラジオを聞きながら、毎日、ほぼ明け方まで勉強した。私のお気に入りのラジオ番組はトップ40。そのうち、DJの英語が分かるようになった。気に入った歌があればアルバムを買って、歌詞を読んだ。辞書を片手に読んだ。歌詞の英語はどんどん頭に入ってきた。

ある時、日本で言えば、東京の武道館のようなマディソン・スクエアー・ガーデンに「シカゴ」の公演があると知って、地下鉄を乗り継いでチケットを買いに行った。その頃の私の部屋の壁は、自分が5Bの鉛筆で描いたロックスターたちの絵で埋まっていた。後に油絵にも熱中したが、作品は一点も残していない。

 チケットはステージの後ろの席しか残っていなかった。いよいよ当日、私は一人でマンハッタン島の中心にある会場へ向かった。何と贅沢な作り。ヒールが深く沈みこむ絨毯が敷き詰められた廊下を経て、中に入るとそこは別世界だった。

席はステージの後ろとはいえ、意外に近くスピーカーなどの設営の様子が良く分かった。両隣は男。私には目もくれず、それぞれ隣の人と話していた。すると後ろの方から、肩まで髪を伸ばした男が背もたれに次々に足をかけて、通路に降りて行った。他の人もそうやって席を移動していた。女性はさすがにいなかった。

会場がほぼ埋まったころ、左隣の彼が、カバンからビニール袋に入れた葉っぱを取り出し、タバコ用の紙に器用に巻くと、舐めてからタバコを作った。刺激のある臭い。マリファナだった。火をつけて深く一服して煙を吐き出すと、私に「どうぞ」と勧めた。断ると、隣に回してと合図したので、受け取って渡した。周りを見ると、普通のタバコを吸っている客も多かった。

照明が落ちていよいよコンサートが始まった。最初に演奏したのは前座のバンド。これは全く覚えていない。そしてついにシカゴが登場。会場からどよめきが起こった。ロバ―ト・ラムはタイトな白いズボンを履いていた。思い出すのはそのお尻と、凝った照明、そしてライブ独特のバイブレーション!!!

演奏が終わると、客は次々にライターの火を付けてアンコールを求めた。暗い会場は無数のキャンドルが灯ったように美しく、照明が付くと、煙が霧のように会場を包み込んでいた。ちなみに、大阪のフェスティバル・ホールで同じことをやったら、制服を着た保安スタッフが血相を変えて飛んできた。

廊下に出ると、背の低い私はまるで満員電車に乗った幼稚園児になったような気がした。日本でもロックバンドの公演を聞きに行ったが、マディソン・スクエアーでのあの時には限りない自由を感じた。自分たちの文化を作っているんだという意気込みがあった。シカゴが作った世界だったのか。

永久帰国まで1年を切ったある日、チケットを買ったのに急に行かれなくなったコンサートがあった。イギリスのバンド「YES」だったと思う。それで当日、会場までチケットを売りに行った。背の高い白人カップルに倍の値段で売った。図々しくなったもんだと思った。


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