見出し画像

空に浮かぶあれ

 子供の頃家中のカーテンを閉めるのが仕事だった。2階に行くのが億劫ですっかり日が沈んでから閉めることがままあった。
暗い2階は恐怖そのもので、泣いて何とか行かずに済む手を使うこともあった。失敗することが殆どで、体力だけ無駄に使い泣いた分だけ遅くなり恐怖が増すばかりだった。

 ある日の夕方、母からひどく叱られ憂鬱な気分で階段を登り、背中が寒い思いをしながらカーテンを閉めていると南東の山の上に一つ星が出ていた。今までそんな星は見たことがなかった。発見者に命名権があることを知っていたので、自分の名前を付けようか考えながら見ていた。
しかし星は激しい光を放ちながら大きくなり、一瞬で消えた。あの頃テレビではおどろおどろしい特集が組まれていたのですぐにわかった。
あれだ。
声も出せず残りのカーテンを閉め、転がるように階下に向かった。

 それからというもの、あれは度々姿を現した。夕暮れも夜も昼の最中も。

 高校の時自転車に乗り駅に向かっていた。絶対に振り向かなければいけない義務に駆られ右後ろを見た。空にはカラスが2羽交互に揺れながら飛んでいた。何故カラスを見なければいけなかったのだろう、そう思いながら見ているとカラスの足が銀色に鈍く光った。
カラスではなかった。丸い半球を3つ下部に持つあれだった。
夕陽に照らされる下部だけが銀色に光り、上部は黒い。
周りに人はたくさん通ってはいたものの、私以外に気づく人がいないのが不思議だった。誰かに伝えたい気持ちはあったが、あれに連れて行かれてしまう恐怖が勝ち二度と振り返らず必死に駅へと向かった。

 ある時友人の下宿で話していると、ひとりがあれの話を始めた。「もうやめて!」下宿部屋の主が私と同時に話を遮った。彼女も全く同じ経験をしていた。
いつか連れて行かれてしまうかもしれないから見つかりたくない。彼女の恐怖も私と同様のものだった。

 20代前半の夕方を最後に見ていない。二度と見ないことを願う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?