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バーと交番と広場

 20数年前、小田急町田駅の踏切の側にいい感じのバーがあった。独り暮らしのアパートから徒歩10分、帰り道の途中でもあり結構な頻度で通っていた。
 あの頃の町田は適度に栄え適度に田舎でとても過ごし易かった。改札を出てすぐの丸井前にロッテリアや成城石井があった時だ。

 そのバーは駅近の良物件にもかかわらず常に空いていた。先客がいない限り入って一番奥の窓側のカウンターに座った。カウンターの中には性別のはっきりしないバーテンダーがいて、オーダーの処理時以外アイスピックで丸い氷を作り続けていた。その為、店内に客が私しかいなくても気を遣うことなく本を読んだり酔っ払ったりできた。

 薄暗い店内の落ち着いた内装も、BGMのジャズも心地よく、カウンターの端から眼下の富士そばの様子を眺めながらゆったり流れる時間を過ごした。

 すれ違った人の香水で元カレや元カノを思い出したり、流れてきた曲であの頃は良かったあの時はつらかったと思い返す人がいる様に、好きで飲んでいた酒の種類で年齢や場面を思い出す人もいる。
 その頃飲んでいたのはクエルボのシルバーのロックだ。鼻から抜けるなんとも言えない香りが好きで、氷が解ける過程で微妙に変化していく味に夢中だった。今この瞬間入店してきたメキシコ人にとがめられ、ソンブレロで殴られても仕方ないと思いつつ飲んでいた。

 時には友達を連れて訪れることもあり、富士そばをバックにくだらない話を聞いてもらっていた。たまたま彼女と頼んだ野菜スティックの人参が飛び上がる程美味く、あの時がまぐれだろうとその後二人で来店する度頼んだが、人参は毎回間違いなく美味かった。嫌いな人参が決まってこんなに美味いはずがないと、厨房に特別な物を使っているのか尋ねたことがあった。しかし答えはそこら辺で売っている普通の人参だった。

 バーを出ると店内とは対極の時間が流れていた。交番前の広場は色々な種類の人々でいつも賑わっており、とんでもないことをしない限り警官も見て見ぬふりをしていた。
 若者は酔っ払って植え込みに立ちはしゃぎ、飲みすぎたサラリーマンはベンチに腰掛け45度以上の前屈みで微動だにせず、大きな袋を持った野外で暮らす人も何人か見える。交番があり警官がいる事によって、広場は秩序が保たれた無秩序な空間だった。
 いい気分で広場を眺めながら帰るのも楽しかった。

 おそらくあのバーはもうない。バーが入っていたビル自体があるかも怪しい。その後町田は若者の街となったとも聞く。既に廃れたとも聞く。
 相模大野に越してから乗り換えるだけの地点となり、今は遥か遠い場所となってしまったが、私の中の町田は微妙にダサいまま輝いている。

 

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