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コワーキングツアーVol.18鹿児島編で再確認したとても大切なこと〜コミュニケーションとホスピタリティと

※この記事は、2020年11月23日に公開されたものの再録です。

11月10日から15日まで鹿児島県で久しぶりのコワーキングツアーを開催したので、ちょっとまとめておく。ちょっとと言いながら例によって長いので、適宜、スキップされたし。
(※写真クレジット敬称略、クレジットのないものは伊藤撮影)

コワーキングツアーとは〜その概要と趣旨

コワーキングツアーとは、日頃、行ったことのない地方のコワーキングスペースにおじゃまし、数日間滞在して、そこで仕事もする、プチカンファレンスやピッチ、トークセッションなどイベントもする、ついでにそれをネット配信する、地域のアクティビティも愉しむ、地元の方とも交流する、もちろん懇親会も、できれば近隣のコワーキングとの連携もするという、いわばコワーケーション(Coworkation、後述)をイベントとしてその地域に持ち込む活動のこと。

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原則、現地集合・現地解散、途中参加・途中離脱OKで、各自が自分で宿泊先をブッキングしていろんな地方からいろんな人が目的のコワーキング目指してワラワラと集まって来る。2016年からはじめてこれまで断続的に18の県の約80ヶ所のコワーキングスペースを訪ねている。…て、よく考えたら4年前からコワーケーションやってたんだな、ぼくら。シラナカッタ。

もう4年目なのにウェブサイトは(いまだに)なくて、告知と参加者募集はもっぱらこのFacebookページ(↓)。それでも、来る人は来るし、口コミで広がって全然面識のない人も、ひょこっと来る。だから、オモシロイ。

そもそもこれをはじめた理由は日本中の(特に地方の)コワーキングをつなげれば、コワーカーの「移働」をスムーズに行えるネットワークが作れるし、そうすると地元人口が減少していくことに悩むローカルにも他府県から(いずれ海外からも)利用者が訪れて地元の人たちとのリレーションシップを結ぶきっかけとなり、そこに仕事のみならずいろんな活動のためのコラボが形成され、他とつながることでその地域が活性化し、結果、日本中が元気になる、と考えたからだった。

いわゆる「関係人口」と呼ばれる人たち(ぼくは「流動性労働人口」と言ってるけれど)の流動性をコワーキングを軸に誘発しようとしているわけで、毎回参加人数はロケーションとかタイミングとかによってまちまちだけど、そういうことに賛同する人が世の中には確かにいて、いつも新しい出会いを体験し楽しい時間を過ごすことになる。

以前は、その県内の数ヶ所のコワーキングを毎日順番におじゃましていく「巡回型」だったが、やたら忙しいスケジュールになり疲労度も増すので(長野県の8ヶ所を8日間で回ったのはキツかった)、もっとじっくり人と交流するために、昨年から、どこか一ヶ所のコワーキングに数日間滞在して、仕事、遊び、学び、交流を愉しむ「滞在型」に変えた。

ところが、今年もそろそろやろうと思ってた矢先にコロナが来た。おかげで、11月になるまで自粛せざるを得なかった。

その復活第一弾が今回の「鹿児島編」だ。

ただ、今回はいつもと少々違うパターンでやってみた。

鹿児島ワーケーション体験モニターは個人対象がキモだった

実は今回のツアーは鹿児島県の「ワーケーション体験モニター募集」と絡めての開催だった。

その内容は上記ページを参照いただきたいが、ざっと言うと、

県内で3泊4日以上ワーケーションを実施して、ワーケーション終了後3週間以内にレポート等を提出すれば原稿作成料として4万円が県から支払われる

というもの。

ワーケーションとは、ワークとバケーションを合わせた言葉で、どこかで数日間休暇を楽しみながらも仕事もちゃんとする、という新しい働き方のひとつ。後述するが、日本型ワーケーションと海外のそれとではいささか趣が違ってて、ぼくは個人が自律的にワーケーションを実行するコワーケーション(=海外型ワーケーション)を推奨している。

ものを書くことを生業の一つとしている身からすれば、この鹿児島県のモニター募集にピピピと来ない道理がない。ちょうどツアーを再開したいと思ってたので、このキャンペーンとジョイントして開催しようと思い立ち、早速、鹿児島県に電話していくつか質問させていただいた上で、翌日、企画書を送った。こういうことに関しては意外と動きが早い。

前述のようにぼくらは全国各地のコワーキングスペースを訪ねる活動をしており、今回のワーケーション体験のうってつけのモニターになり得るので、その体験を共有することを目的に共同のイベントを開催しませんか、という趣旨のプロポーザルだった。

結論から言うと、翌日電話がかかってきて却下された。その理由は、「このキャンペーンは個人のリモートワーカーを対象にしており、特定の団体と特別の関係で行うものではないので」というものだった。

これは誤解で、我々は有志の集まりであり、個人の自由意志に基づいて行動する集合体であるので団体ではないのだが、ここは「でしたら、最後の締めのイベントにもしよかったら参加してください」と言っておとなしく引き下がった。まあ、結局、おいでにはならなかったんだけど。

だが、ぼくがこの鹿児島県のワーケーション体験モニターに参加しようと思った本当の理由は、まさしくそこにある。鹿児島県のこのキャンペーンは、企業に対してワーケーション体験を呼びかけているのではなく、「個人」に対して呼びかけていた、ここがキモなのだ。

ご存知のように、コロナ禍にあって観光・旅行業界が深刻なダメージを受けていて、日本ではこれを挽回すべくGoToトラベルなどの実質ディスカウントキャンペーンが展開されているが、一方でそこにリモートワークを前提としたワーケーションを被せることで、企業の有給休暇の消化率をアップさせようとする政府の思惑も交差して、主に企業を対象に福利厚生と業務の延長線上にある「制度としてのワーケーション」の導入を図らんとしている。←これが日本型ワーケーション。

これに、地元に観光客を呼び込みたい全国の自治体が敏感に反応し、観光・旅行あるいは運輸、人材業界も参戦していろいろなパッケージメニューを用意しタッグを組んでいる。すでにワーケーション自治体協議会なる組織もできていて、90以上の自治体が参加しているのが現状だ。

でも、そもそもワーケーションとは、個人が当然の権利として自主的に休暇を取り、行き先、スケジュール、宿泊先、そして仕事をするためのワークスペース(当然、コワーキング含む)を自律的にブッキングして実行するものだ。いちいち会社の命に従ってやるものではないはず。

そんなことを考えていたら、ある記事が目にとまり、脊椎反射的にこんなブログも書いた。

だが、鹿児島県のモニター募集は企業ではなく、個人を対象にしていた。もちろん、企業単位のニーズも期待しているだろうけれども、個人が好き勝手にワーケーションの行程を組んで、その結果をリポートしてほしい、というコンセプトは数多ある地方自治体のワーケーション・プログラムの中でも注目に値する。なぜなら、それが本来のワーケーションだからだ(ぼくはいまそれをコワーケーションと呼んでる)。

ただし、定員20名の先着順で、定員オーバーの場合はその日の申込者で抽選だった。幸い、ぼくは滑り込みセーフだったが、他のツアー参加者で抽選に落ちた人も結構いて残念だった。が、さすがは我らが有志、鹿児島県のモニターに参加するしないに関わらず、コワーキングツアーの参加者として各地から集まってくれたのは非常にウレシカッタ。

で、そのツアーはこんな風に進行した。

参加者の体験を共有するシャルソン方式で進行

コワーキングツアーは途中参加・途中離脱OKなので、10日から鹿児島入りしてる人(ぼく)もいれば、2日目、3日目から鹿児島入りした人もいるし、仕事の都合で最終日(14日)のイベント前にやむなく鹿児島を後にした人もいれば、その最終日のイベント(+懇親会)だけ参加した人もいる。

ちなみに、その構成はバラエティに富んでいて、東京、千葉、長野、名古屋、京都、神戸、福岡、愛媛、沖縄、そして地元、鹿児島から参加いただいた。それぞれ違うところから一つの場所を目指して集まって来る、これこそがコワーケーションの醍醐味で、同じ会社の同じ部署のおなじみのメンバーがガン首揃えてやって来るのではない。

で、今回は、ワーケーションのモニターの件もあったので、全員が一堂に会するのは最終日の14日(土)に鹿児島市内のコワーキング「マークメイザン」さんで開催する18時からのイベントだけにした(それと、その後の懇親会→後述)。ちなみに愛媛から参加された方はこのイベントのためだけにフェリーと新幹線を乗り継いで鹿児島に入り、4時間だけいて、その日のうちに帰途についた。その行動力に感謝。

それまでは、各自がバラバラに鹿児島県の各地を訪れ、移動する。途中、適宜、Facebookメッセンジャーでお互いの動向を確認しながら、時にはどこかで合流したり、また別れたりする。この偶発性がまたオモシロイ。要するにあらかじめ誰かが組んだ予定をこなすのではなく、自分で状況をリアルタイムに判断して次の行動を決めていく。

で、その移動中に遭遇した光景、人、出来事を写真に撮って、随時、Facebookのイベントページにアップしていく。これも他の参加者の動きが分かる仕組み。

実はこの、ほぼリアルタイムで皆の動きをチェックしながらゴールを目指すというのは、全国で開催されている街巡りイベントである「シャルソン」の方式を拝借した。

シャルソンとは「走ることを通じてまちを再発見し、人と人とが繋がるランニングイベント」で、「タイムを競わない、体験を競う」のがポイント。もともとソーシャルとマラソンを合わせた言葉。ただ、そのルールが一風変わってる。

ゴールの場所とゴール(終了)時間だけ決まっていて、いつ、どこからスタートしても構わない。コースも自由。だから、別に42.195km走らなくても、2kmでも、200mでもいい。しかも、走らなくてもいい。クルマでもバスでも船に乗ってもOK。ぼくはいつも自転車に乗る。

そうして、その街の中を巡って街を再発見する、それをみんなで共有する、そういうイベントだ。2012年から始まって、これまでに全国で250回以上開催されている。

発案者は東京で最初のコワーキングPAX Coworkingを開設した佐谷恭氏。もう10年以上の付き合いで、今回のツアーにも参加してくれた。

コワーキングツアーでは過去に、福島と熊本でイベントinイベントとしてシャルソンとジョイントしている。ただ、いつもは「一日」で完結するのだが、今回の鹿児島編では数日間に渡って、シャルソン方式で進行した。

5日間の移働の記録(ここ長いです)

では、そのツアーの記録のいくつかをダイジェストでご紹介する。

(11月10日)
いきなりだが、家を出るなりキャリーケースを悲劇が襲った。

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このまま飛行機で鹿児島入りして、鹿児島中央駅の東急ハンズで代わりのキャリーを買って最初のミッション、コンプリート。まったく先が思いやられるなと思ったのだが、この東急ハンズの男性店員さんに「今から指宿に行く」と言うといろいろ情報を授けてくれた。

指宿までの特急「たまて箱」に乗ったのも彼の推薦があったから。海岸線を走るので錦江湾から桜島を臨めるとのことで乗り込んだ。

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が、座った席が山側で、しかも一番前なので目の前に仕切りがあって、ほとんど海が見えないという有様。出だしからどーも流れが悪いな。その予感は指宿駅からホテルに着いて確信となる。

特に名を秘すが、このホテルを選んだのは「ワークスペースがあってワーケーションに最適」というキャッチコピーが目に入ったからだった。「だったら、他のリモートワーカーとの遭遇もあるかも」と期待したのは甘かった。確かにワークスペースはあった。誰もいなかった。

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よくよくまわりを見れば、メインのお客はシニア層で、皆さん、ぞろぞろとバスでやってきて、またバスでどこかへ行って、あとはホテル内で食事して温泉に浸かってのんびり過ごすというパターンのようだった。仕事する人なんかひとりもいない。

さらに悪いことに、近所にコンビニは愚か、飲食店もない。ぼくのような、チェックインしたら宿の周辺をウロウロ探索し、面白そうなところを見つけたら迷わず入ってみるという、いきあたりばったりな(だが、えてしてリモートワーカーとはそういうものだろう)宿泊客はどうやら想定外らしかった。

なので、食事するにも駅周辺まで10分かけてタクシーで行かねばならない。ちなみにJRも1時間に1本とか、あるいは1本もないとか、ローカル線にありがちな状況だった。移動方法を限定されたのは、我々リモートワーカーにとっては生命線を絶たれたのと同じだ。もっとよく調べておけばよかったが、後の祭り。

これから各地でワーケーションが声高に叫ばれると思うが、自分にとって快適なワークスペースをいかに確保するかは、重々、留意されたい。宿泊する部屋より、むしろそっちのほうが重要だ。ホテルになくても近隣にコワーキングがあれば事足りる。だが、指宿で居心地のいいコワーキング(後述)で仕事するには、これまたタクシーで駅前まで行かねばならなかった。コロナで半年以上、移動しなくなってて勘が鈍っていたのだろう。まったく痛恨の選択ミスだった。

ただし、これはこのホテルがどうこうという話ではなくて、街全体の作りが一昔まえのままで、そうなってるのだ。これは案外、どこの地方にでも潜在している問題かもしれない。もし、ワーケーションとして街に人を呼び込もうとするなら、個々の施設よりも先に、街全体をトータルに再デザインする必要があると思う。

と、いつまでも悔やんでいられないので、初日はここで仕事した。ひとりで。

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で、夕方にホテルを出て、噂に聞いていた露天風呂「たまて箱温泉」へ向かった。タクシーで。素晴らしい景色で湯も良かった。夕陽に暮れなずむ開聞岳がぼくを癒やしてくれた。真っ昼間はこれまた絶景と聞く。オススメ。

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夜は指宿駅近隣の和食の店で食事した。ハンバーグみたいなデッカイさつまあげが出てきて驚いたが、これが大変美味かった。が、ひとりで食事するってホントつまらない。

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(11月11日)
あくる日は、レンタカーを借りた。聞けば、スタンプラリーをやっていて、2ヶ所でスタンプをもらえば、なんと5,000円キャッシュバックされる。そういう情報は有り難い。(ただし、11月いっぱいで終了)

早速赴いたのは、指宿名物の砂蒸し風呂だ。昨日の「たまて箱温泉」のすぐ近くにある。

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こんなオッサンが砂からアタマだけ出してたら不気味だが、本人はいたって気持ちがいい。15分ぐらい温まっていたら、いつのまにか寝てしまって、自分のいびきで目が覚めた。緊張感がないにも程があるが、次第に身も心も解きほぐされていく。

湯上がりの指宿温泉サイダーは格別だった。オススメ。

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次に向かったのはJR最南端駅「西大山駅」。

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と、そこにめったに来ない電車が来た。見ると、観光バスが大勢の観光客を乗せて来ていて、ガイドさんが「電車が来ましたよー」と叫んでる。バスに乗って電車を見に来る。おかしな構図だが、希少価値は確かにあるからそれでいいのだ。

さてちょうどその頃、薩摩川内市に入っていた(前述)佐谷さんは藺牟田池をぐるりとランニングしていた。

(出典:佐谷恭)

このアプリはいいですね。次回から、皆に勧めよう。ちなみに佐谷さんはサハラ砂漠のマラソンに出るぐらいの健脚の持ち主で、旅先でも必ずどこかを走ってる、それも信じられない距離を。それはここ鹿児島も例外ではなかった(後述)。

これは愛宕 ビスタパークでの一枚。

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(写真:佐谷恭)

その頃ぼくはと言えば、薩摩伝承館で美術品に圧倒されていた。

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指宿の名門旅館「白水館」が60年をかけて蒐集した美術品が息を潜めて鎮座しているさまは、時代を超越した説得力があった。

だが、もう遅かったせいか、広大な館内にいたのはぼくひとり。聞こえるのは、マスクの隙間から漏れる自分の息遣いと、自分の足音だけ。そこで、はっと気づいた。

そうだ、何かが欠けていると思ったら、コミュニケーションが、ない

そこで、指宿駅近くのコワーキング「wacca.」さんに向かった。そこには、ツアー参加者の本間さんがすでにいるので合流しようと思ったのだ。

本間さんは、ライティングでいつも助けてもらってる仕事仲間だ。またコワーキングにもいろいろご縁があり、その一方で音楽も嗜むという非常に多才な方だ。

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(写真中央が今柳田さん、右が本間さん)

生来、話好きのぼくにとって、昨日〜今日のコミュニケーションロスはキツかった。着くなり、しゃべること2時間。日頃からしゃべりすぎる悪い癖があることは認めるが、正直なところ、救われた気がした。

というか、コワーキングはコミュニケーションありきなのだと再確認した。

「wacca.」さんを運営する今柳田さんはグラフィックデザイナーだ。ここをオープンしたのは昨年2019年の8月。商店街を通り抜けた端にあり、元はガソリンスタンドだったらしい。自分のオフィスでもあり、同時にコワーキングとして利用者に開放している。そこはぼくと同じだ。それにこのコンパクトさが非常に居心地いい。ぼくの運営するカフーツも小さいが、たぶん、他者との距離感が近いからだろう。

ただ、その商店街は昨今の地方都市の例に漏れずシャッター街化している。少し手を入れれば十分再活用できる物件がそこかしこに見えるが、実際に行動に移す人はなかなかいないのかもしれない。が、そこを例えば行政が手引きして、(さっきも書いたが)街全体を再設計する必要があるのではないか。

その場合、コワーキングは街を再活性化する上で重要な役割を担う。まずは、最初は小さくてもいいので街づくりをするコミュニティの活動拠点として機能させるのはどうだろうか。地方のコワーキングには、よくそういう人たちが集まって来る。イベントを開催して仲間を見つけよう。よそ者が言うのもなんだが、このままだとどんどん廃れていく。それでは、あまりにもったいない。

その夜は、3人で今柳田さんのオススメのイタリアンへ。とても美味しかった。料理が美味しいのと、話ししながら食べるのが、美味しいのと。

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で、帰ろうとしたら、途中で焼酎バーを発見してすかさずドロップイン。地元、指宿の焼酎が充実していてここもよかった。次回も絶対来る。

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(11月12日)
この日は朝からホテルのワークスペースではなくて、部屋にこもって仕事。あそこに降りていく理由が見当たらなかったから。夕方から、また昨日の「wacca.」さんで仕事して、またちょっとおしゃべり。

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この日、本間さんは海の見えるホテルで足湯を楽しんだみたい。

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(写真:Yukiko Yuqui-lah Homma)

一方、佐谷さんは長野滝を見学。

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(写真:佐谷恭)

この日、音楽を聞かせて酒を仕込む田苑酒造さんを訪問。ここはパクチーのお酒を作ってるんだそう。ええ、そうです、パクチーのお酒です。

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(写真:佐谷恭)

その後、鹿児島市内の城山ホテルから桜島を眺めながらハッピーな気分に。

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(写真:佐谷恭)

こう書くと遊んでるばっかりみたいだが、実は彼は鹿児島にいる間に東京とオランダをつないでPTA の研修の打合せをしたりしている。これもリモートワーク。やろうと思えば、どこでだってできる時代なのだ。要はやるかやらないか、だけ。

(11月13日)
さて、長野県佐久市の江原さんは、この日、朝7時過ぎに鹿児島へ向けてスタートした。新幹線で東京へ移動し、羽田から飛行機だ。

江原さんは佐久市で「ワークテラス佐久」というコワーキングスペースを運営していて、「地域のキーマンと越境者・移住者のシナジーから生まれる新しい豊かな地域モデルとしての佐久」を模索している。まさにコワーケーションの舞台として格好のロケーションでもある。

また、江原さんは「全国ときどき移働協会」の会長でもあって、コワーキングツアーにはたびたび参加されているし、自身でも各地を移働するリモートワーカーでもある。

さてこの日、佐谷さんは桜島を一周した。そう、走って。やるだろうと思ってはいたが、やっぱり、やった。

(出典:佐谷恭)

実に全走行距離46.8km、所要時間5時間47分、高低差1,039m(!)。観光客が行ける最標高地点(373m)まで上がってる。走って。驚異的。一体、どういう身体をしてるんだろう。しかも、この後、フェリーで鹿児島市内に戻り、天文館のホテルから学校運営委員会にオンラインで出席したらしい。こういう人のことを筋金入りのリモートワーカーと言うのではないか。

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(写真:佐谷恭)

一方、本間さんは鹿児島中央駅から徒歩10分ほどの銭湯「みょうばんの湯」を堪能。銭湯だから420円。鹿児島市内は天然温泉の銭湯が結構あるらしい。これはいいことを聞いた。

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(写真:Yukiko Yuqui-lah Homma)

ぼくはと言えば、午後に指宿から鹿児島市内に入り、鹿児島中央駅近くのコワーキング「バンビーナ」さんへ。


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ここは上階がゲストハウスで一階にカフェとコワーキングがある。まさにコワーケーションにうってつけの組み合わせだ。たまたまおられたオーナーさん(下の写真、中央)と話ができた。人と話せるって本当に楽しいし大事。

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で、この右端にいるのが、今回、名古屋から参加してくれた渡邉さんなのだが、彼とは実に9年ぶりの再会だった。

彼は2012年に名古屋で「タスクール」というコワーキングを創業以来、起業家支援のコンサルタントとして全国に事業版図を広げているのだが、そのプロモート活動のさなか、たまたまタイミングが合ったのでこの日、数時間だけだったが合流してくれた。こういう身の軽さがリモートワーカーには必須だろう。

このあと、ぼくは某放送局に松波さんと企画提案に向かうため、バンビーナさんを後にした。松波さんは映像関係の仕事をされているが、腕っこきのリモートワーカーであり、国内はおろか海外へもひょいひょい出かけていっては帰ってくるというワークスタイルのエキスパートだ。彼とは、2011年に日本で最初のコワーキングフォーラムを神戸でやった時以来の付き合いだから、もう10年になる。

するとそれと入れ違いに、神戸から参加のこけやまさんがバンビーナさんへ。渡邉さんとはいち面識もないのだが、勘を働かせてくださったオーナーさんがふたりを引き合わせてくれたんだそう。実にウレシイ話。

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(写真:こけやまこうすけ)

こけやまさんはギタリストであり、小学生対象のバンド教室を神戸で開業されている。今回、福岡その他での仕事の合間を縫って参加してくれた。日頃、彼はオンラインでギター教室を開いているのだが、驚いたのは今回、ホテルの一室からZoomアカウントを2つ使って(つまり、カメラ2台で)名古屋の小学生にレッスンしたそう。彼ならもう世界中どこにいてもリモートレッスンできるだろう。

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(写真:こけやまこうすけ)

ところで今回、鹿児島市内のコワーキングをいくつか訪ねようと思って調べたのだが、意外にその数は多くなかった。コロナのせいもあるのだろう、休業中だったり、廃業したりと、正直なところドロップインが利用できるのはバンビーナさんとマークメイザンさんぐらいだった。今後、少しでも増えることを期待する。ニーズはあるはずだ。

さて、渡邉さんが川久でとんかつ定食を食べて次の目的地に向かった頃、長野から鹿児島入りした江原さんは西郷隆盛誕生地を訪ねていた。

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(写真:江原政文)

こうして各人がそれぞれ鹿児島市内を動いた後、夜は天文館に集まった。この写真のあとにも地元の人が数人加わって、話して飲んで食べて遅くまで盛り上がった、ということだけ記しておく。まあ、これ見れば判りますね。

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(11月14日)
この日、本間さんはまたしても朝風呂を楽しんだご様子。荒田八幡宮近くの温泉錦湯で、ここも天然温泉、ゲルマニウム温浴などもあり充実してるんだそう。サウナもあるようなので、次回は行ってみたい。しかし、この方はこういう肝心スポットを見つけるのが実に上手い。

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(写真:Yukiko Yuqui-lah Homma)

ぼくと江原さんとこけやまさんは午前中にフェリーで桜島へ渡った。片道なんと200円。バスかと思った。

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ちなみにフェリー乗り場で待ってる間、江原さんはちゃっかりこういう写真を撮っていた。センスいい。

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(写真:江原政文)

ぼくはバスツアーを選択したが、江原さんは自転車で桜島一周、こけやまさんは午後にレッスンがあるので同じく自転車でショートコースを選択し、それぞれ出発。

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フェリーから見る桜島も絶景だったが、湯之平展望所から見るそれはもっと絶景。

ちなみにこれは、江原さんが一周する途中、桜島の裏側から撮った写真。結局、4時間かかったらしい。

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(写真:江原政文)

さて、この日は今回のツアーの千秋楽、18時から名山町のコワーキング、マークメイザンさんで体験共有のイベントをした。題して「Beyond the Coworking Vol.15 鹿児島編」。「Beyond the Coworking」は、これも4年前から断続的に開催している、これからのコワーキングについて考えディスカッションするイベントだ。

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(写真:江原政文)

ここに、前述の愛媛から来た方、沖縄から来た方、それと地元鹿児島県民の方が加わって、この数日間の鹿児島体験を共有した。併せて、このところのぼくの講演ネタである「コワーケーション」についてショートプレゼンを行った。プレゼンが30分で終わったのは奇跡。

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体験を共有するというのは、その街にあるものを違う目で見たときのことを共有するということだ。地元の人が当たり前に思ってることが、外部から来た人には新鮮だったりする。そこに何か新しいものを生むヒントがある。それを各自がまた自分の街へ持って帰る。ぼくはそういうプロセスを経て日本中を連携させたい。要するにミックスしたいのだ。

そしてイベントも終了し、ツアー最後の夜、締めの懇親会へと出かけていったのだが、そこでぼくらは今回のツアー最大の収穫を得た。

最後にあかねで出会った最高のホスピタリティ

マークメイザンさんのほど近くに、昭和感バリバリの居酒屋があった。その名も「あかね」という。

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(写真:江原政文)

もうこの佇まいを見ただけでタダモノではないことが判る。1階はカウンターだけで、奥に細い階段があり2階に上がるとこんな感じ。もう酒場と言うより部室だ。

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(写真:こけやまこうすけ)

で、メニューがこれ。

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(写真:江原政文)

なんだこの安さは。もう誰でもこれを頼むしかない。シンプル・イズ・ベスト。ちなみに「正中」とは「焼酎」のこと。

いや、収穫というのは、この値段のことではない。ここの女将さんだ。

注文の取り方からしてテキパキしている。かと言って押し付けがましさなんか微塵もない。かと言って媚びてもいない。あえて言えばリズムか。いつの間にか対等の関係ができていて、しかもそこに違和感がない。作りものでない自然な空気ができてる。

言葉のキャッチボールにセンスを感じる。当意即妙とはこの人のことを言うのではないか。でもって言葉に親しさがある。まるで友達としゃべってるみたいだ。と思ったら「みんな、お腹空いてるよね〜。ちょっと待ってね〜」て、お母さんか。

もうあっという間に彼女とぼくらは仲間になった。店と客ではない、仲間の関係。料理を持ってきたら、ぼくらもほいほいと配る。自然とコップや皿を下げるのを手伝う。

彼女がこの仕事を楽しんでやっているのかどうかはわからない。だが、我々は今日この夜楽しい時間を過ごすために共同作業をしているのだ、という共通認識が芽生えるのに時間はかからなかった。この人にはそう思わせる何かがある。オーラでもない。あえて言えば、波長か。

流れで彼女も乾杯に参加した。店の売上の足しにしようなどという姑息な思惑はない。なにしろ飲み放題2,000円なのだから。7品ついて。ぼくらがいつもやる特殊な音頭で乾杯するのだが、まったく予備知識はないのに、自然にジョッキを上げて声を合わせる。流れを掴むのが実に早い。その機敏さに本当に驚いた。

あげくに、「もう10時だからね〜。10時半には帰るんだからね〜」と布巾でテーブルを拭き出す。お、ほんならそろそろ帰ろう、と思ってしまう。彼女は仲間なんだから、早く帰してあげたい。上記の2階の写真は、実はもうさんざん食べたり飲んだりしたあとの写真だが、テーブルの上が結構片付いていることに注目。皆で片付けたのだ(ぼくはトイレに行ってて手伝ってないけど)。

これはコワーキングだ、すぐそう悟った。で、彼女こそはコミュニティマネージャーの鑑だ。

コミュニティマネージャーと、よく、世間は、言う。コワーキングにはそういう役目を負う人が必要だ、と。それはメンバー間の会話を促すファシリテーションをしたり、あるいは協働関係をアレンジすることと考えられがちだが、実は答えはその先にある。

ホスピタリティという言葉をよく聞くし使うが、コワーキングにおける本当のホスピタリティとは「ここは自分たちのコミュニティなのだ」と感じさせてくれることであり、特定の世話役がいなくとも、皆でその環境を維持し、うまく運営できるように協力しようというコワーカー・マインドを育ててくれることなのだ。

あかねの女将さんにはそのホスピタリティが、確かにあった。

はっきり言ってそれは誰にでもできることではない。マニュアルを用意して、教えられてできることではないからだ。言ってみればそれは天性のものであって、生まれ持ってのセンスが要る。江原さんはそれを才能と言った。どうしようもないが、本当にそうなのだ。で、そういう人材は、もう見つけるしかない。それしかない。

ただそれは、我々と同じコワーキングする人の中には、必ずいる。その人にはそもそもその素養がある。そしてその人を見つけたければ、自分もそういう人でなければ、ちょっと難しい。波長だ。でも、そこを意識してれば、必ず見つかるはずだ。仲間なのだから。

コワーキングが成立するための必要十分条件

今回のツアーでは、コワーケーションについて、ひとつのモデルを作ろうと思っていた。それはある程度、見えてきたと思っているし、たぶん、今後のツアーでもパターン化できると思う。

だが、そのことよりも、あらためてコワーキングについて再認識したのは、コミュニケーションの大切さと、コワーカーにとってのホスピタリティについてだった。それはコワーケーション以前の、まずはコワーキングとして必ず抑えておかねばならない必要十分条件だ。あらためて、そのことが身に沁みた。

前述の通り、地方自治体はワーケーションをお題目のように唱えて、リモートワーカーをローカルに引き込もうとしている。だが、そこにワーカーを受け入れる受け皿としての地元のワーキングコミュニティがなければ、ワーケーションの意義はない。

それはその土地の人とのコミュニケーションが図れるかどうか、にかかっている。仕事場と観光だけでワーケーションが成り立つと思ってたら大間違いなのだが、どうも地方自治体はそこを誤解しているフシがある。それを懸念する。ぼくらは客ではない。仲間になりたいのだ。

地元のワーキングコミュニティが醸成され、地元民の中で機能しているかどうか。コワーキングで重要なのはハコではない、ヒト、そしてコトだ。どんなに豪奢な施設を作ったところで、そこに人が息づいていなければ人は集まっては来ない。人が人を呼ぶ。これは真理だ。

街を再設計するというのは、人が人を呼ぶ構造にするということだ。そのことを、再確認しておきたい。

エピローグ〜ツアー終了のその後

こうして14日のイベントを以って今回のコワーキングツアーは一応その幕を閉じたのだが、その翌日、まだ鹿児島県をウロウロする者がいた。

江原さんは指宿を自転車で。

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(写真:江原政文)

松波さんも同じく自転車で桜島を。

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(写真:松波直秀)

その松波さんも、指宿に足を伸ばしてwacca.さんへ。

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(写真:松波直秀)

こうして、体験を共有することで、次の人の行動を喚起する。そしてコワーカーとコワーカーがつながる。

ということで、今回のツアーに参加いただいた皆さんに心から感謝すると共に、このツアーを受け入れてくれた鹿児島県の各地の人々にも改めてお礼を申し上げる。そして最後まで読んでくださったあなたにも。

ところで、次回のツアーもほぼ決まっていて、沖縄北部の国頭村に滞在してのコワーケーションする予定。コロナの第三波が心配なので、現時点では暫定的ではあるけれども、もし可能なら、1月7日〜16日で開催する。詳細は追って告知するので興味ある方は日程だけ空けておいてください。

さて、続いて鹿児島県に提出するリポートだ。単なる感想だけではなくて提案も歓迎するとのことなので、考えるところを書いて、少しでもお役に立ちたいと思う。

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