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仇と恋心 幸福に隠された恐怖(リクエストより)


 世界にはたくさんの境目があるのだと思う。空と海の境目。海と地上の境目、地平線。昼と夜の境目、黄昏時。此岸と彼岸の間の三途の川。外と内の境目、窓。

 僕の人生には今のところ、境目が二度あった。一度目は彼女に出会った時、二度目は彼女が死んだ時だ。
 彼女は僕と同じクラスで、窓際の席に座っていた。風でふわりとカーテンが膨らんで彼女の頬を軽く撫でた時の、少し邪魔そうな目が素敵だった。いつも風に吹かれて前髪を耳にかけていた彼女はおしとやかで、だからこそ少しの変化に一喜一憂してしまう。
 彼女の名前は西川紫乃。「にしかわしの」と読む。名前までたおやかで、似合うなと思ってしまう自分の気持ちに驚いた。ここまで紫乃に目を奪われていたのかと。そのため、桜の花びらが紫乃の髪にかかっていることに一番初めに気がついた。黒いロングにほのかなピンク色をした桜はとても似合っていて、紫乃のためにあつらえたようだった。
「ねえ、髪にさくらが付いてるよ。」
「え、そうなの?全然気が付かなかった。教えてくれてありがとね。」
 にこっとほほえんで、どこだどこだと頭に手をやる紫乃はかわいらしく、はにかむ様子もまた初めて見た表情であった。
 席替えで隣の席になったときには胸がドッドッと音を立てていたが、それとは正反対に紫乃は静かでそれがまたつい見とれてしまう。
 ある時、紫乃の顔色が悪かった。はあ...と片手を頭に付けて、時折目をつぶっていた。それだけならまあという感じで、少し気にかかっていたのだが、頭に当てていた手がぐしゃっと髪を鷲掴みにしたところで先生に申告、保健室へと連れていった。
 少し強引で、先生に言って返事を待たないままにがらっと扉を開けて教室から出た。閉める余裕なんてなく、ゆっくり保健室に歩いていく。もちろん声かけも忘れずに。到着すると、あらかじめ先生が保健室に内線の電話をかけてくれていたようで、話はすぐに通っていった。
 それがきっかけとなり、少し会話が弾むようになってきた。紫乃にはつらい思いをさせたが、僕にとっては距離が近づくきっかけになって心の底では喜びを隠せない。
 以後、会話の中で話のきっかけを探るように話しかけることが増えた。僕には喜ばしいことだが、紫乃はよくそんなことに気づくねと少し引いていた。でも、ヘアピン変えたね、前髪短めにした?眼鏡も似合ってるよ。つい言葉にしてしまう度に紫乃は少し嬉しそうで、嬉しいと思う紫乃が好きだったのだ。

 ねえ、今度カフェに行かない?そう話しかけられた矢先、紫乃は通り魔に刺された。トンネルを超えてもうすぐ出口が近づき、光が差し込んできて笑う彼女に幸せを感じていた時のこと。トンネルを抜けて風が彼女の髪をゆらして目をつぶったその時だった。ナイフのようなものでグッサリと刺されて血飛沫が舞う。 走り去る犯人を追うどころではない。ありきたりだが、スローモーションのように見えることもあるんだな。紫乃はどくどくと血を流して倒れている。 その姿を見ながら、静かに焦りと絶望に沈んでいったところで、救急車が呼ばれ運ばれていった。警察が来て事情聴取を受け、母親に迎えにきてもらっていつもの家に着いてもぼおっとしていた。
 まだ頭が追いついていない。え、もう、もういないのか、自問自答をひたすら繰り返しても答えはひとつしかなく、意味のなさない質問をひたすらぶつぶつと呟く。
 自分の心情を現すように雨が降る。どうしようもないままにまたトンネルに向かって、歩いていった。この先にカフェがあったはずだ。でも、もしまた彼女が、いや彼女はもういないのか、まだ混乱している。真ん中まで歩いたところでトンネルの中を折り返して戻る。
 打ちひしがれながらふと顔を上げると、違和感を覚えた。なんだか違う気がする。ぼおっとしていたためによく覚えていないが、なんだかおかしい。そういえば雨が降っていない。上がったのかと思ったが路面は濡れていない。おかしいなと思ってとりあえず記録に残そうと思い写真を撮ってみると、動きが止まっていた。何が起きているのか分からないが、揺れていた草はピタリと止まり、雲は流れていない。そうして人の呼吸ひとつ聞こえないのであった。時が止まっていた。
 頭の中でこじつけていく。トンネルを抜ければ...?そこは...トンネルを抜けたら、知らない世界。トンネルを折り返したから時間が巻き戻った。トンネルも境目のひとつ。トンネルに入る前とトンネルから出た後の時間の境目。
 写真はその風景を切り取っていく。そうして切り取られた風景は永遠に動かないままに収められている。カメラのフレームとフレーム外という境目。動くものと動かないものの境目は写真を撮るパシャリという音。試しに写真を消すと、途端に時間が動き出す。トンネルを戻ると普通の大雨。いつの間にか雨が酷くなっていったようだ。
 ふと頭に過ぎる。これさえあれば、紫乃の仇を打てるんじゃないか?紫乃が殺されたのはトンネルを出てすぐだ。犯人も近くにいた。ナイフを持っているのなら紫乃が殺される前に時間を止めてしまえばいいのだ。
 衝動は抑えきれない。もう一度トンネルに入って途中で折り返す、出たらすぐに写真を撮る。いつ紫乃の死に目に合わないかわからないためにひたすら同じことを繰り返していく。何百と繰り返しても、トンネルに入っては戻ってくるということを何回もやっているだけなので、あまり時間は経っていない。けれども時間旅行を何度もしているために頭がくらくらしている。
 そうしてついにその瞬間が訪れた。もはや惰性でトンネルを出たところ、そのまま写真を撮っていたら、目の前にはナイフを持った男と風に吹き上がった髪の毛が踊った紫乃がいた。紫乃の生死はここで別れる。生死の境目だ。
 僕は手袋をして、男の持っていたナイフを抜き取った。そして紫乃の代わりに男を刺した。時が止まっているために血は飛び上がらない。
 仇を取った。でも動かすにはこの写真を消して時間をこの写真から解放せねばならない。紫乃の靡く黒髪を写した写真を少し躊躇って、そして消した。
 時間は動き、通り魔だった男はいつの間にか持っていたと思われるナイフで刺されており、紫乃に男の血飛沫がぱたぱたとかかる。驚いて紫乃は呆然としていた。それを見届けてトンネルを抜けた。
 次の日、ニュースではトンネルの傍で男が自殺をしたという出来事をアナウンサーが淡々と話していた。ねえ、これあんたの学校の近くじゃない?怖い...と心配する母親とは違い、僕はにやけてしまって、必死に口を手で隠した。怖い、思い通りになったことが嬉しくて怖い。そして紫乃が生きていることが幸せだ。人を殺したのに幸せを感じる自分に恐怖を抱きつつも、その恐怖は、翌週に学校で再開した紫乃の黒髪が隠してくれた。


リクエスト内容

主人公は、時をさかのぼれる能力と、時を止める能力ある/主人公の恋人の仇をとる。(時をさかのぼって、とめて)
/殺人の証拠が残らなくて、完全犯罪の仇討ち成功する

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