橋架けるアンリ

モノローグ「昔、僕は飢えていた。鬼だからだ、人は鬼を拒絶する」
モノローグ「でもある日、人間の兄ちゃんが現れて、僕を鬼だけの孤児院に連れて行ってくれたんだ」

ママ「おはようアンリ」
アンリ「おはようママ!ごはんの支度手伝うよ」
ママ「あら、気を遣わなくていいのよ、今日はアンリが孤児院に来た日なんだから」
たくさんの鬼の子供たちを抱えたママが、朝ごはんの支度をしている。ママには大きな一本角が生えており、一目で鬼だとわかるだろう。
ママ「12歳おめでとう。はいこれ、少ないけど、孤児院に来たお祝い。好きなもの買っていらっしゃい」
アンリ「いいのママ!ありがとう!」
アンリ「行ってきます!」
ママ「人間の街は気をつけるのよ」
孤児院がある山奥から坂を下り、橋を渡り、街へとアンリは歩いていく。
アンリ「おっと、角は帽子で隠して、牙はマスクで隠す。これでよし!」
川の流れで身だしなみを確認して、アンリは街にたどり着く。
アンリ(何買おうかな〜、お菓子とか?雑誌とか?新しい帽子もいいかな)
浮かれるアンリは「うるさい!外に出てろ!」という怒号を聞き、ふっと路地裏を見る。
すると少女が外につまみ出される光景を目にした。
少女はやせぎすで、体にあざもある。
街の人々は「まぁひどい」「でもあの家いつも怒鳴ってない?」「可哀想に」と口々に噂する。
アンリは少女に近づき「大丈夫?」と声をかける。少女は無言でアンリを見つめる。
アンリ「お腹、空いてるよね。ちょっと待ってて」
と立ち去り、パンを買って再びやってくる。
アンリ「はいこれ、どうぞ……ってうわぁ!」
少女はパンをひったくり、がっつき始める。それを見てアンリは(お小遣い使っちゃったけど、使ってよかったな、でもこの子はずっとこのまま?ずっとお小遣いをあげられるわけじゃないし)と思案する。少女はパンを食べ終えて
少女「……ありがとう」
と呟いて、アンリは一つ決心する。
アンリ「あのっ!」
アンリ「よければ、僕の孤児院に来ない?」と少女を見つめる。

アンリ「ただいま」
アンリは少女を連れて孤児院の玄関に立っている。
ママ「おかえりなさ……」言いかけたママの表情が曇る。
アンリ「あのねママ、この子、うちで暮らせないかな?親は……ひどいみたいだし、お腹すかせてたし」
ママ「だめよ」
アンリ「でもママ!」
ママ「だめよ、人間はだめ!」
ママ「人間が鬼にしてきた仕打ちを忘れたの?あなただってずっと飢えてたじゃない」
アンリ「でも僕は……」
ママ「私は忘れてない!人間に私の子供を殺されたことを!」
ママ「アンリって名前はね、本当は私達の子供につけるはずだったの。」
ママ「でも私が鬼だって気づかれて、殺されてしまった。あなたがそんなこと言わないでよ!」
アンリ「う、嘘だ……」
アンリ「嘘だ!ママは本当は人間とだって仲良くできるはずだ!」
アンリ「だってママは……『人間の兄ちゃん』が連れてきた僕を受け入れてくれたじゃないか!」
アンリ「本当に人間が嫌いだったら、兄ちゃんと知り合いだったりしない!そうだろ!」
ママ「あなた、覚えてたの……」
次の瞬間、「よ」と、例の人間の兄ちゃんが現れる。
兄ちゃん「12歳おめでとうアンリ。何揉めてんだ?」
アンリ「兄ちゃん……」
ママ「あなた……」
悲しげな顔で兄ちゃんは「まだ『あなた』って呼んでくれるんだな」と呟く。
兄ちゃん「ママはな、本当は人間と仲良くなりたくて、俺と結婚までしたんだ。」
ママ「今更何よ、あなたが私達の"アンリ"を失っても、あなたはついてきてくれなかった」
兄ちゃん「人間を嫌うお前を見たくなかった、それに俺も人間だからな、気まずい」
兄ちゃん「それに、アンリが12歳になったら"魔法"を解くって決めてたからな」
アンリ「魔法?」
兄ちゃん「アンリを失った時、俺だって辛かったさ。許せなかった。」
兄ちゃん「でも、飢えてた"この子"と悲しむお前を見て……もしかしたら、繋いでくれるかもって、魔が差したんだ。」
ママ「……まさか」
兄ちゃん「すまない、残酷な人間を許しておくれ」
兄ちゃんはアンリにかかった魔法を解く。アンリの姿から角と牙が消え、人間のものに戻る。
ママ「……!」ママは膝から崩れ落ちる。
混乱するアンリを横目に、兄ちゃんは告げる。
兄ちゃん「ずっと黙っててごめんな、アンリは人間の子なんだ」
唖然とするアンリ。しかし泣き出すママに視線が移る。
アンリはママに近づいて、おずおずと話し出す。
アンリ「ママ……大丈夫、じゃないよね」
アンリ「僕が人間で、苦しかった……よね」
アンリ「……ごめんね」
ママは泣きながらアンリに抱きついて告げる。
ママ「あなたのせいなわけないじゃない!」
ママ「苦しい、苦しいわよ、あなたがこんなに優しい子に育ってしまったから」
ママ「この怒りをどこに向けたらいいの」
泣きつくママの背中をアンリはさすり、暗転する。

少女「ごはんができたよー!」
子供たちとアンリ、ママ、兄ちゃん、みんな集まってきていただきますをする。
兄ちゃん「さて、これ食ったらまた出発するかね」
アンリ「行っちゃうの?」
兄ちゃん「孤児院の資金稼ぎとか、色々あんのよ」
アンリ「……そっか」
アンリ「ありがとう、ここに連れてきてくれて」
兄ちゃんは面食らった顔をしている。
兄ちゃん「お前、思った以上の逸材だな」
兄ちゃん「お前ならいつか……もっと多くの人の架け橋になれるさ」

モノローグ「街からいなくなった少女は、『鬼にさらわれた』と噂になった。しかし、アンリの本当の優しさが、いつか人々の間にも届くだろう」

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