2度目のクリスマス⑩
2度目のクリスマスの季節が巡って来ようとしていた。
例年、私は教会のクリスマス礼拝に出席していた。この年は、当日の聖書朗読という大役がなぜか私へ白羽の矢が立った。直ぐお断りしたが牧師と前年の担当者の推薦で決まってしまった。
彼の同級生の友人も帰省して礼拝に出席するらしいと聞いて、私は彼をクリスマス礼拝に誘った。バイトが入っている日だと言い戸惑う様子がみられたが、結局は少しだけ来れることになった。
当日、朗読の係を身の引き締まる思いで仰せつかり、私は黒いワンピースを用意して出掛けた。準備を終えて着替えると、教会関係者の方々が礼拝のために集まって来ていた。
そのなかに混じるように彼が訪れた。
私の鼓動は高まり、他の人には悟られぬよう平静を装って迎えた。春のピクニックの時以来だったが、参加していた学生たちも彼の友人の青年もあたたかく彼を招き入れた。
礼拝を終えて、持ち寄った料理を囲んで食事会が催されたが彼はバイトを理由に挨拶をして途中で席を立って行った。
私は玄関口へ見送りに出たが、そこにたまたま居合わせた信者の男性の視線が彼に冷ややかに向けられたように感じて、私はとても嫌な気持ちになった。個人的な後ろめたさというのではなく、教会という枠組みのなかに席を置かない彼に対して排他的な目を感じていた。
私は、なにかその視線を彼が感じて嫌な気分になっていないだろうか?と不安になり、通りまで一緒に出た。彼は男性のことには触れず、
「今夜はありがとうございました。」
と言って挨拶を交わして自転車で通りを下って行った。その後ろ姿を見送りながら、私は彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
私は、その後お世話になった教会に通うことを辞めた。清い羊の群れのなかにいる自分がとても苦しくてどうしようもなかった。
両親の影響もあり物心ついたときから信じていた神様、キリスト教信仰という一つの私のアイデンティティは傷ついていた。自分を穢れた者と感じられて群れを汚さぬように去ることが最善だと考えた末に決断した。
しかし、彼を愛する心は本物であり、それは清らかなものであると確信している私もいた。神様の導きで彼に出会えたことは奇跡だと、真摯に感謝しているのだった。