見出し画像

vol.2 『Requirement profile of Judoka(柔道家の要件プロファイル)』

柔道家の要件プロファイルとは?

柔道というスポーツ(*武道ではない)において、柔道家が高いレベルで成功するために満たすべきさまざまな身体的および精神的な必要条件のことをドイツではこのように表します。

重要な要件として、パワー、スピード、持久力、柔軟性、戦術・戦略やメンタルといったものが挙げられます。

正確な要件は、個人の試合スタイル、階級、および試合条件によって異なる場合があるので、効果的な柔道のトレーニングは、これらすべての側面を考慮し、柔道家の身体的および心理的パフォーマンスを向上させるための特定の練習種目や技術を内容として含める必要があります。

実際どのような条件が柔道家として必要かをドイツのスポーツ界で使われているプロファイルを参考に簡単にピラミッド型の図にまとめました。

生理的要件…人間として求められる条件であり、柔道家に限らず全ての人にとって重要な能力を指します。

全般的要件…スポーツ選手として求められる条件であり、柔道に限らず全てのスポーツで重要な能力を指します。

専門的要件…柔道家として求められる条件であり、柔道に特化した重要な能力を指します。

以上の要件が柔道家にとってどのように重要かを考えます。
それぞれの階層を下から順番に見ていきます。

生理的要件

感情(Emotion)

柔道とは本来、相手に打ち勝つための身体的接触と技術に基づくスポーツであり、力、スピード、テクニック、協調性といった身体的なスキルが主な要素です。

しかし、試合やトレーニングのために肉体的、精神的な準備を行うことは簡単ではないため、感情が役割を果たすこともあります。そのため、恐怖、興奮、闘志、喜びなどの感情が起こり、柔道家のパフォーマンスや行動に影響を与えることは十分考えられます。

このことから、柔道における感情の重要性は、最適なパフォーマンスを達成するために、これらの感情に対処しコントロールする能力として理解することができます。つまり、柔道家は自分の感情を認識し、受け入れ、技術を効果的に施し、前向きな姿勢が維持できるように、感情をコントロールすることを学ぶ必要があります。

知覚(Perception)

柔道における知覚は、さまざまに解釈することができます。ここでは、考えられる意味をいくつか紹介します。

身体的知覚:
柔道は一対一の対人競技であり身体的接触と動きに基づく様々な技を含みます。柔道の知覚とは、相手の動きを察知して予測し、それに反応する能力のことを指します。また、バランスや自分と相手の体勢を認識し、それを利用する能力も含まれます。

精神的知覚:
柔道には身体的な鍛錬だけでなく、集中力や決断力といった精神的な側面も含まれます。柔道的知覚とは、相手の思考、感情、意図を理解し、それに従って行動することも意味します。

哲学的知覚:
柔道には豊かな哲学的伝統があり、礼儀、尊敬、勇気、自制心といった原則に基づいています。柔道を認識するということは、これらの原則を自分の練習に反映させ、統合することを意味することもあります。

全体として、柔道の知覚は、身体的、精神的、哲学的な側面を包含し、さまざまな状況に適切に対応することを可能にする総合的なスキルであると見なすことができます。

ストレス容量(Stress reserve)

柔道やその他のスポーツに限らず、ストレスに対処する能力というものは非常に重要な人間的な能力と言えます。

ストレスやプレッシャーの中でも冷静さを保ち、集中力を持って行動することが人生の成功への大きな鍵となります。なのでこのストレス容量とは心理的タフネスとも言い換えられるでしょうか。

柔道というスポーツにおいても様々なストレス要因があり、それにどう対処できるかが柔道家には問われています。

具体的なストレス要因:

  • オフシーズンはなく、年間を通じた国内・国際大会または合宿への参加

  • 減量、体重管理

  • 広範囲な高強度トレーニングによるオーバートレーニングや怪我のリスク

  • 学校、仕事、大学研究、プライベートによるトレーニングへの欠席

  • 指定強化選手の資格を満たすためのノルマ

  • マスメディアなど外部からのプレッシャー

  • etc

柔道では、特に試合ではストレスが多く、精神的に疲れることがあるため、心理的タフネスが重要です。柔道家は、プレッシャーがかかっても神経を保ち、効果的に技を繰り出すことができる必要があります。

運動効率(Efficiency of movement)

柔道での運動効率とは、いかに効果的かつ経済的に動作を行うかを意味する。その目的は、無駄な動きを避け、各動作を最大限の効率で実行することでエネルギーを節約することと言えます。

運動効率を高めることで、不利な身体的前提条件を補うこともある程度は可能になると考えられます(=柔能制剛)。

例として、投げ技の正しい実行が挙げられる。柔道家が投げ技を実行するとき、エネルギーを節約するためにできるだけ経済的に動作を実行する必要があります。これは、柔道家が姿勢、体捌き、移動速度を最適化し、最小限の労力で最大の効果を発揮するように投げを実行することで達成できます。

運動効率化のもう一つの例は、柔道家が異なる技を素早く効果的に切り替えることができることです(連絡技)。経験豊富な柔道家は、無駄な動きをせずにスムーズに技を組み合わせ、相手を投げることができます。

運動効率は柔道において重要な概念であり、柔道家が最小限のエネルギーで最大の効果を発揮して技を繰り出すことを可能にします。特に体幹の安定性と可動性は全ての投技の基本となる非常に重要な要因です。脚によって地面から生み出されたエネルギーを指先まで伝える仲介役のような重要な役割を担っています。

運動効率を高めることで、柔道家は自分の技術プロセスを最適化でき、それが勝利の可能性を高める一つの要因となります。

全般的要件

エネルギー代謝(Energie system)

スポーツにおいて、エネルギーシステムとは、身体が運動に必要なエネルギーを供給する方法を指します。身体活動に必要なエネルギーは、身体の細胞内の化学的プロセスによって供給されます。

スポーツには、好気性(有酸素系)システム、嫌気性(無酸素系)システム、ATP-CPシステムの3つの主要なエネルギーシステムが存在します。これらのシステムは、それぞれ異なる方法でエネルギーを供給し、異なる活動や運動強度に使用されます。

有酸素系は、ランニング、サイクリング、水泳などの持久的な運動で使われます。酸素を利用してエネルギーを供給し、より長い時間エネルギーを供給することができます。

無酸素系は、スプリントやウェイトリフティングのような高強度、短時間の活動に使われます。酸素を必要とせず、素早くエネルギーを供給しますが、短時間のみ使用可能です。

ATP-CPシステムは、最も速いエネルギーシステムで、スプリントやジャンプなどの短時間の活動に使用されます。体内に存在するアデノシン三リン酸(ATP)とクレアチンリン酸(CP)を利用して、素早くエネルギーを供給するシステムです。

柔道は、短時間あるいは長い時は1分間以上の激しい運動と短い休息時間(待ての間)で構成されるスポーツである。さらにゴールデンスコア(延長戦)の時間制限がないことから10分以上も試合を行う場合もあります。

すべてのエネルギー供給プロセス(好気性、嫌気性乳酸性、嫌気性非乳酸性)は決して単独で行われるのではなく、常に同時に行われるので、試合スタイルや状況(立技⇄寝技など)負荷構造によってそれぞれのエネルギーシステムがグラデーションのように優位にも劣位にも働くと考えられます。

したがって様々な場面を想定して、試合の時期や自分のスタイルに合ったトレーニングを選択し、伸ばす能力のバランスを考える必要があります。

有酸素性パフォーマンス能力(基礎持久力)は柔道家にとって、特に再生能力に関して決定的な意味を持ちます。基礎持久力が優れていればいるほど、選手は畳の上でも外でも、より速く、より効率的に回復することができます(Tomlin & Wenger, 2001)。

しかし、優れた基礎持久力、ひいては再生能力は、試合のパフォーマンスにとって重要であるだけでなく、日常のトレーニングにも大きな関連性を持っています。アスリートがより効率的に回復すればするほど、より長く、より強いトレーニング負荷に耐えることができるようになります。

これらの代謝過程では、最大酸素摂取能力(VO2max)の向上が中心的な役割を果たします。VO2maxとは、運動中に体内に吸収され、筋肉でエネルギー産生に利用される酸素の最大量のことです。VO2maxの発達は、運動中に可能な最大エネルギー生産速度と直接相関します(Bassett Jr. & Howley, 2000)。

柔道特有の筋持久力
柔道における筋持久力とは、反復する集中的な全身負荷に対する疲労耐性とエネルギー供給能力として理解できます。低強度の負荷に対する局所的な疲労抵抗を記述する古典的な筋持久力の定義とは対照的です。

力の発展/開発(Power development)

柔道におけるパワー開発とは、柔道家が自分の体力とエネルギーを使って技を繰り出し、相手を投げたりコントロールしたりする方法を指します。柔道は、自分の力だけに頼るのではなく、相手の力を利用し、それを自分自身に向けることを目的としています。

そのために柔道家は、相手の動きやエネルギーを利用し、自分の目的のために利用できるようなテコや投げの技術が使用されます。技、体の動きを効果的に使うことで、柔道家は自分自身が大きな力を使わなくても、強い相手に勝つことができるという考え方もできます。

したがって、柔道で強さを身につけるには、腕力や筋力だけに頼るのではなく、高度な技術、技能、ボディコントロールが必要と言えます。

しかし、柔道では立技と寝技という異なる状況が存在し、それぞれの状況で要求される能力も変わってきます。自分のスタイルや性別間の試合展開なども加味し、瞬発力、筋持久力、スピードなど、どれを優先的にトレーニングするのかということも考える必要があります。

柔道では素早く爆発的な動きが主流である一方、胴体や手の筋肉=体幹や把持力といった能力も必要とされます。

また対人競技では、疲労が進行する中でも高いスピードと動作の正確性を発揮することができる”動的スピード持久力”も重要度の高い能力であると言えます。(Schnebel, 2016)

柔道家にとってウェイトトレーニング、ランニングなどの全般的能力の開発は必須のものであるが、重い重量を上げることや素早く走ることなどが目的になってはならず、あくまで柔道特有の能力を最適化するための手段である必要があると言えます。

僕が現在コーチをしているドイツのナショナルチームでも年に2回筋力テストと持久力テストが実施されており、階級ごとに以下のノルマが要求されています。


柔道ドイツ女子最大筋力テスト評価基準

平均乳酸値: 13-14 mmol/L
最大酸素摂取量(VO2 max): 45-55 mmol/L
心拍数: 175-185/min
筋肉1kgあたりのエネルギー消費量: 12kcal/h


しかしこれはあくまで選手のパフォーマンスを評価する一つの基準であって、”この数値が高い=試合で勝てる”ではありません。柔道というスポーツの特性上、定量的にパフォーマンスを評価するのは非常に難しく、定性的な(数値化できない)要素もパフォーマンスに大なり小なり関与します。

専門的要件

専門的技能(Skill)

状況が目まぐるしく変化する柔道では、頭で考えなくても自然と体が動くようにしなければ、動作がその瞬間に間に合わなくなり、勝機を逃したり、逆にそれが負けにつながることがあります。

自分の得意技や得意パターンを作って、一瞬でもその型に相手をはめることができれば、いつでも勝負を決められるというような完全に自動化された技術習得が必要となります。(技術のルーティーンと自動化)

これは限定された状況の技術練習などでその精度を磨く、クローズドスキルの習得と同時に、乱取などその都度相手の抵抗や反応が変わるという予測の困難な中での技の施行や技から技へのコンビネーション、変化というオープンスキル、両方の習得が必要です。

決断(Decision)

相手の技に対する反応や防御、またはカウンターなどは幅広い経験の基礎があってこそ可能なものであり、様々なタイプの選手と練習や試合を重ねることが必要です。判断を間違うことなく、刹那の正しい決断を積み重ね行動することが試合で求められます。

  • どの状況でどの技を仕掛けるか

  • どの時間帯にどの技を仕掛けるか

  • 寝技に移行するべきか否か

  • 寝技で防御に徹して「待て」を待つべきか、積極的に逃げるか

  • 指導をもらって危機的状況を回避するか、指導をもらわず状況を打破する行動を取るべきか

  • 組手を切るべきか、切らずに自分の組手を持ち直すべきか

  • ブロックするかカウンターか

  • 技を掛け切るか一度体勢を立て直すか

  • リードを守り切るか、一本を取りに行くか

  • etc…

挙げだしたらキリがないほど試合中には一瞬一瞬で意識的にか無意識的に多くの決断を行なっています。レベルが上がるほどにその一瞬の決断ミスが命取りになり勝負が決するというのが柔道です。

IJFワールドツアーの現行のルールでは敗者復活に行けるのは各プールの勝者に負けた選手(準々決勝の敗者)だけなので、国際大会に参加しても30秒もせずに試合を終え、会場を後にするという選手もいます。ある意味柔道の残酷な部分であると言えます。

個人戦術(individual tactics)

自分の身長、階級、手足の長さ、試合スタイルやタイプ(インファイト、持久力優位、瞬発力優位、寝技優位など)でそれぞれメリットもデメリットも存在するので、自分のパフォーマンスが最も発揮できる戦術が何かを追及しなければならない。

どのように組手を組み立てるのか、畳のどこで試合をするのか(場外際での攻防、中央での寝技など)、どの時間帯に自分の波を作るかなども重要な戦術の一つである。

スポーツ競技としての柔道ではどのタイミングでどのように指導を誘発するかも一つの戦術となっている。本来は一本で投げるという目的を果たすために行動した結果、プロセスとして相手の消極的な姿勢や非スポーツマン行為に指導が与えられるというのが本意ではあるが、現在の柔道という競技スポーツでは指導を与えることが目的となっている選手の行動も少なくはない。

私個人としては、あくまで指導を与えること目的とするのではなく、一本で投げる、または固める、極めることを目的として選手の柔道スキルを伸ばしていきたい。しかし少なからず指導を与えようとしてくる選手もいるのでそれに対抗するための解決策を持っておく必要はある。指導が与えられないための対策も立派な戦術の一つである。

終わりに

この要件プロファイルがピラミッド型になっているように、土台の部分(生理的要件)が大きくなるほどその上の部分(より専門的な部分)も大きくなるポテンシャルが生まれます。

小・中学生期に専門的なスキルばかりを伸ばすと、成長して自立が求められる時期に伸び代がなくなってしまうということの裏返しのようにも考えられます。

指導する対象年齢やレベルによってどの能力を伸ばすべきかを考えるのも指導者の大事な仕事の一つです。

自分のもとで練習をしている選手たちには、アスリートとしてだけでなく、一柔道家として生涯に渡って幸福に過ごしてほしいと思うので、指導者としてその基礎を作るきっかけを与えられるように自分の行動や指導を心がけたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?