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TASS2022_rev01

あ、パトス。思い出した。

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忘れていることを思い出すまで、忘れていることに気づかない。これを慣習と呼ぶ。閉塞感や、不信感の慣れの果ては、無関心だ。

月と星が、近いね。と、思った。それを伝えたら、そうだねと、イタルは言った。多分そういうことが、忘れていることを思い出すきっかけになる。

レンタルビデオ文学賞の募集をヒカルが出しているのを見た。なんときなしに、レンタルビデオ屋かぁと小1の時に、父がビデオ屋に入っていき、車で待っている雨の中の、ことを書き始めたら、当時の記憶がどばっと思い出されてきた。

ちょうどその頃、初めてにっちもさっちも行かなくなるくらい腰が痛くなっていた。周りや、SNSで相談し、人のアドバイスを聞けることは聞き、思いつくことを一つずつ、やっていき、必要なものをメルカリで揃えていったら、状況が一週間で変わり、痛くなく動けるようになった。痛みとハリの違いを知った。痛みをほっとくと、ある閾値をこえると、周囲がハリ始め、ハリは、徐々に広がり、取れる姿勢を制限していく。そして、ハリはちょっとのストレッチ程度では解消されなくなっていく。閉塞感って、この変化に似てないか?まあ、さておき。

現状の閉塞感に風穴を開ける

どうすりゃいいか、今できることは何か。現状を慣習に読み替え、何か思い出すきっかけを見つける。それは、言えなくなった言葉だったり、書くに足りないと思っていた過去であったり、体の不調であったり、道具やモノの破損であったりの修繕。

闘争の最小回路(2006)

廣瀬純の本のタイトル。この本が出たとき、周囲は結構、ザワツイテいた。美味しい料理の哲学(2005)、シネキャピタル(2009)どの本も、すごく興奮して読んだ記憶がある。

高山建築学校は、始まりから終わりまでの見とり図を描こうとする。ある、問題を見つけたら、それは、モノがどこからきて、どうなるかの分岐点であったり、とりあえず、気づいたあなたへ交信してきたということとする。そう。いつも、すでに、つねに、何か起きている。何から始めればいいか、何をやろうとしていたか、が、が、なんだよな。

都市の“ジェントリフィケーション”とか呼ばれる、再開発。災害の復興と呼ばれる惨事便乗型資本主義。まあ、なかなか、相手にするにはおおきい。

からだの不調時に、慣習を変えることは、小さいながらも、「再開発」や「復興」と相同な変化なのではないだろうか?という仮説を立ててみた。

さては、おまえ、ゴール下しか入らないな

そんなわけがあるか、どうかは、実は多分、どちらでもよく、自分の何か触角を立てる。自分じゃなくても、友人知人ならどうするかを想像し、自分の中で、その人を立ち上げ、探査針を落としていく。

とりあえず、10日間の同じ屋根の下で違う夢を見る。同じ食事を、不揃いの皿から食べる。そして、何か話し、きっとつくる。高山建築学校では、今年もそういうことが行われる。

高山建築学校2022参加者募集

校期:2022年8月10-20日(8月9日に掃除、21日に片付けがあるので計13日間)

場所:岐阜県飛騨古河町中数河

参加費:4万円

募集:25名

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