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養成所に入って最初に組んだ相手がおじさんだった話

みなさんいかがお過ごしでしょうか。

なんか香りが夏の香りになってきましたね。

鼻腔で感じさせてもらってます。夏を。

はてさて、今回は養成所時代の話をかこうと思います。

私はタイタンの学校と言う養成所に通わさせて頂きまして。

もう本当にただの大学生だった私がお笑いの世界に飛び込む第一ステップがタイタンの学校だったんですね。

同期には他の養成所に通った経験があったりフリーで活動していた人であったり学生お笑いをやっていた人がいたりして

これまでバイトと睡眠の経験しかなかった私にとってはタイタンの学校で起こる全ての出来事が眩しくて新鮮で。

そんな養成所生活で一番最初に起きた事件の話です。

養成所と言っても学校と変わらず自己紹介から始まります。

いわばファーストインプレッション。

この自己紹介で一旦スクールカーストが決まると言っても過言ではありません。

みんなが思い思いに自分の紹介をした。(まあそれが自己紹介なんだが)

中には手品を披露する者や、伝統芸能を披露する者まで現れた。

そんな芸事を一つも有してない私は身を強張らせながら自分の名前と出身地を言うのが精いっぱいだったと記憶している。

もちろん自分の自己紹介で失敗しない事、あわよくば成功して「天才現る」的な空気にしたいという気持ちはあった。

しかしそれと同等に「相方を見つける」という大事な目的がこの自己紹介にはあったのだ。

???「僕はボケ希望です。好きな芸人さんはウエストランドさんです。」

んー、僕もウエストランドさん好きだけどツッコミ希望の人がいいからなぁ、なしかなぁ

△△△「私はツッコミ希望です。下ネタ大好きです!!下ネタに重きを置いてこれからの人生を謳歌したいです」

んー、ツッコミ希望なのはいいけど下ネタ好きじゃないからなぁ。私は品を大事にして人生を謳歌したいからこの人は違うなぁ。

といった具合に、次々に自己紹介をする同期を品定めしていた。

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(イメージ図)


○△◇「あのー、私はですねぇ、ダジャレが大好きでして。はいー、タイタンの学校に入るためのオーディションでもダジャレの替え歌を歌いましてぇwww」

ん??なんだこいつは。

明らかに異質な存在感。こと「目立つ」という観点で言えば芸人として満点だろう。

そして次にこの人が発した言葉がこの日一番の衝撃を同期に与えることとなる。

○△◇「御年、57歳になります。」


?!?!??!?!?!

57歳って言った?!今!!え?言ったよね?!57歳って!!57歳ってあの57歳?!!俺らが今までの人生で培ってきた「年齢」という概念における57歳で合ってるよね?!

ここどこ?!お笑いの養成所だよね?!なんなら未成年とかが多いイメージよ?!

自らの年齢を57歳と語るご年配の方は自らの名を「水谷」と名乗った。

もはや私の頭の中での相方審査会は箸休め状態。

この人は一体何を思い何に駆られどんな覚悟でこの養成所に単身で乗り込んできたのだろう。

こんな疑問で脳が支配されていた。

結果としてこの後も55歳、59歳などなど合計5人くらい50歳以上の紳士が自己紹介をするのだが。。。(30人中である)

一通り自己紹介が終わった。

「組むならこの人かな」という大体の目星はついた。

おじさんで溢れ返っていたものの

生い茂ったおじさんを掻き分けたその先には、少しばかりの希望もあったもんで30代前半や、20代もいたっちゃいたからそこから探そうということになった。

すると講師の先生から驚くべきアナウンスが発される。

「それではさっそくコンビを組めって言うのもあれなんで、、、クジを引いてもらって同じ数字の人と一旦コンビを組んでもらって、次の授業でネタ見せをしてもらいます。」

なんとお心優しいお気遣い。

そりゃそうだ。

まだ私達はお互いの素の顔しか見ていない。

芸人としての舞台での顔を知らない状態でコンビを組めなどとは笑止千万。

まずは強制的にお試しで組んで、ネタ見せをして

「あー、あの人ってこんな感じのツッコミするんだ」とか知れた方がいいに決まってる!!

ってことで私は心の中で(賛成!!!)と叫び、クジを引いた。

「8」良い数字だ。私の祖父母の車のナンバーだ。

活発な人が多いもんでクジを引くや否やみんな自分のパートナーを探しだした。

私が良いなと思った人たちは私とは違う誰かと同じ番号であることを確認し合い、どんなネタをやるかを話し合っていた。

あの人でもないか、、、この人でもないか。。。

次々に私が組みたいと思っていた人が可能性から消えていく。

どうしようもないことではあるのだが焦りが生じてしまう。

「一体。。。私は誰と・・・」

奈落の底に落ちていきそうな絶望感と焦燥感に襲われている時に

私の肩を叩く者がいた。

見覚えのある顔。

この人は・・・確か・・・

「君、8番?じゃあ私とだね。」

頭が激しく痛む。これまでの頭痛と違う。脳が痛むこの感覚。きっとこれは脳内で描いていた最も最悪なシナリオが現実と化したことによる脳の拒絶反応なのだろう。

「いやー、もし違ったら恥ずかしいからさ~辱めないで~なんつって」

水谷さんだ。

このダジャレになってるのかなってないのか怪しいラインのダジャレを地に足着いた声量で初対面の人間にぶつけることができるのは水谷さん以外にいない。

もちろん水谷さんを否定するつもりのなど毛頭ない。

ダジャレも立派な芸風であり

無個性に近い私に比べてよっぽど芸人としての価値は高いだろう。

しかし私はボケ担当でありたいのだ。

こんなボケとボケの間に生まれた子供のような人と組むビジョンは浮かばなかった。

どう転んでも私がツッコミ回ることになるだろう。

水谷さん「どうします?ネタ」

ネタに関してはネタ見せまでの期間も短いということでプロの方のネタを真似させていただく形をとってもいいという講師の方からのお話を頂いていた。

佐野「僕サンドウィッチマンさんが好きなので有名なピザのネタやりましょうか」

水谷さんは快く了解してくれた。ダジャレさえ言わなければ物わかりの良い紳士なのだが。

そして私はここで自我を通すべく先制攻撃に躍り出た。

佐野「先ほどの自己紹介でも申した通り、私はボケ希望なので。ボケをやってもいいですか?」

そうだ。このネタ見せは「佐野が如何にボケられるか」を同期や事務職スタッフに見せつける場なのだ。芸人として、ボケとして私が品定めされるこのネタ見せ、如何に相手がダジャレモンスターだとしてもボケのポジションを譲るわけにはいかない。

水谷さん「分かりました。では伊達さんをお願いします。」

真意は分かり兼ねた。

サンドウィッチマンさんと言えば泣く子も黙るお笑い界のスターである。

今や本当にテレビで見ない日はない。ましてやM-1チャンピオンでありキングオブコント準優勝というネタのモンスターである。

ネタにおいて富澤さんがボケで伊達さんがツッコミであることはもはや大井競馬場から脱走した馬でも知っている常識であろう。

そのボケ担当を私がやりたいと申した。つまりここでは「富澤さんをお願いします。」または「私が伊達さんですね」が求めらる回答である。

サンドウィッチマンさんを知らないとは言わせないなぜならここはお笑いの養成所であるから。

いや、正直に言うと伊達さんがボケるネタもある。しかし割合で言うとかなり稀少。

サンドウィッチマンさんのネタをやってみようと言って初手で浮かぶネタの中に入り込むほどメジャーではないと認識している。

となると一転、水谷さんはめちゃくちゃなお笑い通と認識することもできる。

佐野「まあとりあえず合わせてみましょうか」

こうとしか言えなかった。あの場で正解を叩き出す思考回路を私は有していなかった。

ラインを交換する。

水谷さんのラインの名前はMr.neeであった。

ミスターニー。

水谷とミスターニーでダジャレだという説明を受けた。

この説明を受けている間、私の脳内では「タイタンの学校の学費、NSCまだ入学受け付けてるかな、内定を蹴った会社では今どんな研修をしているだろう、田舎の両親は元気にしているかなぁ」などという人生で経験したことない感情に襲われ零れ落ちそうな涙を必死に堪えていた。


でも涙は流さない。

男が泣いていいのは生まれた時と母ちゃんが死んだ時と髭がキモイと言われた時だけって地元の駅に住んでたホームレスのおっちゃんが言ってたから。。。


ネタ見せ本番は来週の水曜日。今日が土曜日だから猶予は水曜日の授業前を含めて4日間といったところか。

4日後にはライバルであり。仲間である養成所の同期と学校の事務局スタッフ、もしかしたらマネージャー陣にも見られるかもしれないネタ見せがあるのだ。

身体が震える。

これは武者震いか?それとも・・・


水谷さんに別れを告げ帰路に就く。

入学してまだ一週間と経ってない。なのになんだこの展開は。

同じような年齢の子と組んでタイタンの学校のキングコングだ!などともてはやされ、ライブの出待ち人数は圧倒的。在学中にテレビなんかも出ちゃったりして・・・

などという蒼写真。

やはり人生は思い通りにはいかない。だからこそ楽しい。その意見は分かる。

予定外のことが起こったは起こったが、その角度で起こる?みたいなことで。

不安と楽しみを同時に感じる不思議な夜だった。

あの台本が送られてくるまでは・・・


次の日、目が覚めるとケータイの通知が鳴った。

画面に表示された名前は「Mr.nee」

水谷さんだ。

「ピザのネタ。拝見いたしました。面白かったです。私なりに文字に起こし、アレンジしてみました。時間があるときに見てください。」

というメッセージと共にパソコンのディスプレイをケータイで撮影した画像が送られてきた。

私は寝ぼけながらも強い感動を覚えた。

この人は本気なんだ。

もちろん私だって本気だ。

本気で売れたくて、芸人として生きてく覚悟を決めてこの養成所に入った。

しかし水谷さんには及ばなかったことをここで痛感する。

この人は養成所から帰った後も休息を取らずにネタの研究をし、更に自分の色までつけて作り直すという工程を一晩で成しえたのだ。

ローマは一日にしてなったのだ!!!!

きっとこのスピード感なのだ!!売れるのに必要なのは。

確かに水谷さんは昨日。伊達さんと富澤さんを今一つ理解していなかったのかもしれない。

だけどそれがなんだ?

それを馬鹿にして家に帰ってお米たくさん食べて寝てたやつと

失敗をものともせず家に帰るや否やネタを研究し自分色にネタを染め上げたやつ。

大成するのは絶対的に後者だ。渋谷の女子高生100人に聞いても100人が後者と答えるくらいには後者だ。

俺は遅れを取っている。


追いつかなければ。。。

ネタに目を通す。

大筋は完全にサンドウィッチマンさんのピザの宅配のネタだ。

しかし。。。

どこかが違う。。。。


この違和感は一体。。。


私は血眼で違和感の正体を探した。ここでその違和感に気付かないと昨晩水谷さんにつけられた差を埋めることはできない。

一晩サボったことによる劣等感と焦燥感は想像を絶するものだった。


「ファッ!!!???」

私はこの違和感の正体に気付いた。

いや、気付いてしまったと言った方が正しいのかもしれない。。。

富澤さんのボケが。。。。


富澤さんのボケが全て。。。。



ダジャレになっていたのだ。


私は膝から崩れ落ち

涙を流した。

なぜ泣いたかって??

それはセリフが書いてあるところに

富澤(佐野)

と記されていたからだ。



伊達(水谷)世の中興奮することたくさんあるけど
一番興奮するのは宅配のピザが遅れて来た時だよな
富澤(佐野)間違いないね

みたいな。

つまりこのダジャレは全て私が発言するとして記録されている。

どうしよう。

何度も言うがこのネタ見せで最初の印象が決まる。

佐野寛って奴はやたらダジャレを言うボケだ。

という印象を持たれるだろう。100%を越えた確率で。

そんな重すぎるハンディを背負えるほどの余裕は私にはない。

どうしよう。。。

水谷さん。。。結構年上(57)だしなぁ。。。


ラインで言うのも角が立ちそうだからネタ合わせの時に全て話をつけよう。

ネタ合わせは翌日の月曜日に決行することとなった。。。


来る月曜日、

場所はお互いの間を取って西国分寺でやることとなった。(府中なんかに住んでごめんよMr.nee)

駅で落ち合い、Mr.neeの希望でDOUTORに入ってネタについて話し合うにことになった。

水谷「あれからまた改良してみました。」

この男は留まるということを知らないのか。。。

そう思いながら改良したというネタを見させてもらった。

確かに。。。

昨日よりも少しだけ違和感が増しているような。。。

なんだ、、、なにが違う??

食い入るようにみるが。。。なかなか見つからない。

一行一行丁寧に読み込んでみる。。。


・・・


まさか?!???


水谷「ダジャレを4つほど足してみました。」


やはり。明らかに過多と化している!!多い!!一ボケに2ダジャレくらい入ってる!!

しかもツッコミを変えてないから支離滅裂になっている!!


佐野「ピンポーン」(インターフォンを鳴らす)
水谷「来たよ来た来た」(ドアを開ける)
佐野「お待たせしました(お股を抑えながら)
   遅く鳴り物入りで来ました」
水谷「おせーよ!」

といった感じである。

この場面で言うと

「お待たせ」と「お股」

「遅くなり」と「遅く鳴り物入り」が掛かっているの。

2つのダジャレがある時点でツッコミは非常に困難を極める。やたらと長くなってしまうし、サンドウィッチマンさん特有のテンポを完全に失ってしまう。

しかしこの台本で行くと2つのダジャレをかましているのに対し

一切お構いなしにただ遅れてきたという事実にのみ突っ込むという逆に新しい漫才になっているのだ。


しかし、せっかく考えてきてくれた本人を目の前にすると

「すごいっすね!!面白い!!」

としか言えなかった。つくづく自分が情けなかった。

水谷さんから好きな漫才師は誰かと聞かれた。

佐野「かまいたちさんが好きです。」

水谷「若手??」


もう怖かった。なんか分からないけど。怖かった。

この恐怖の原因を追究したらまた違う恐怖に包まれそうだから考えるのを辞めた。

「水谷さんは好きな漫才師いるんですか?」

ダイマルラケットさんか?やすきよさんか?Wヤングさんか??誰だ??

水谷さん「東京03かなぁ」

飲んでいたコーヒーが味を失った。

脳に強い衝撃が走った証拠だ。

あんな絵に描いたようなコント師を。。。

若手の頃漫才やってたのかなぁ・・・

佐野「東京03ってコント中心ですよね??」

水谷「そーそー!!」

肯定された。怖いからこの話題はこれで終わりにした。


富澤さんをツッコミって言ってみたり

東京03さんを漫才師と言ってみたり。。。

水谷さんと話をしていると自分がもしもボックスの世界にいるんじゃないかと錯覚してしまう。


そんな雑談も交えながらいよいよ練習をすることになった。

場所は駅のロータリー、バスとタクシーが行き交う中私は丁々発止の掛け合いを見せた。

私が言うダジャレに水谷さんが突っ込む。

ダジャレを言ったことに対してはツッコミがないので私が独断でぶっこんでるみたいな構図になっているがこの際気にしない。

水谷さんのダジャレを否定する労力と

このネタ見せの後にみんなからの信頼を勝ち得る労力を天秤で図った結果。

僅差ではあるがダジャレを否定する労力の方が重かったのだ。


しかし練習をしていく上で一つだけ気になることがあった。

水谷さんに私はダジャレを言わされているのに。

水谷さんが「うるせーよ」とか言うのだ。

いや、漫才ってそうーゆーものであることは分かってる。

でも今回ばかりは納得がいかないのだ。

ここでついに

私は禁断の一言を口にする。


「あの。。。

ボケとツッコミ、入れ替えませんか??やっぱり水谷さんの真骨頂はダジャレにあるわけだし、水谷さんが言ったほうがきっとダジャレも喜ぶと思うんです。生みの親の元で生活させてあげましょう」


精一杯にユーモアを交えたつもりだった。

自分からボケをやりたいとか言っといて情けない。僕にこの十字架は重すぎる。。。

すると水谷さんはこう言った。

「そーそー!!そう思ってたんだよ」

よかった。ここでも肯定の水谷さんが発動した。

こうして水谷さんがダジャレを言って私がそれを突っ込むというスタイルが確立された。

残された時間はあとわずか。。。

一通り読み合わせてこの日の練習は終了。

水曜日の本番前に合わせる約束をして私は西国分寺を後にした。。。



新たな門出を祝うようにその日は晴れ渡っていた。

ネタ見せ本番だ。

同期の前でダジャレを言わなくていいというだけでこんなにも気持ちが楽になるとは。

ダジャレ、恐るべし。

学校に向かう。

今日は1時間ほど早めに行ってネタ合わせだ。

少し張り切っていたのか、ルーズな私が30分も早く集合場所に着いてしまった。

するとそこにはすでにMr.neeこと水谷さんがいらっしゃったのだ。

水谷「早いね。」

こんなにもこっちのセリフなことはない。

水谷「お腹がすいてるんだ、スーパーにでも行かないかい?」

ちょうどよかった。時間に余裕はある。スーパーで腹ごしらえしよう。

2人でお弁当を買って公園で食べた。

こんな光景、誰が予想できたであろうか。私は今養成所で出会った35歳も年上の男性とお弁当を食べている。更にこの人は今日に限っては相方だ。

人生って面白いなぁ。本当にそう思った。

水谷「佐野君は府中にはいつから住んでるんですか?」

佐野「今年からです。東京に出てきたのもこの4月なんで」

水谷「へー、普段はなにしてるの?」

佐野「バイトです。」

水谷「大変だ~、府中っていいところだよね。最近伊勢丹もできたし」

(尚、府中に伊勢丹ができたのは1996年。私が生まれた年である。そしてなんなら昨年9月に閉店しました。)

こんな会話をしながらお弁当を食べ終え

練習を開始する。

今日も水谷さんのダジャレはノリに乗っている。

それに対して多少修正したツッコミを入れる。少しずつではあるが慣れてきた。

しかしずっと気になることがまた一つ。

いつまで経っても水谷さんは台本を見ながら練習をしているのだ。

佐野「水谷さん、一回見ずにやってみましょうか!ミスしてもいいんで!」

もうこれくらいの指摘はできるくらいには仲が深まっている。

水谷「いやいや、そんなことできませんよ。覚えられませんから」



ん??


まさか?


佐野「本番はどうされるんですか・・・?」


水谷「台本見ながらやりますよ」


しまった。。。

ここでこんなジェネレーションギャップが生まれているとは・・・

私にとって漫才とは台本を見ながらやるものではない。むしろ台本の匂いを消してやるものだと。そう思っていたのだが・・・


水谷さんの意思は堅かった。台本を見ながら漫才をすると言って聞かないのだ。

しかし、ここだけは私としては譲れなかった。

あいつら、練習もろくにせずにネタ見せ挑んでるな?などと思われたらたまらない!!

しかし水谷さんがここまで頑なな理由を考えてみた。

それは文章量である。

しかしこの文章のほとんどがダジャレである。

自らが生み出したダジャレによって暗記できないという副作用が生まれたのだ。

そしてもう1つ気付いたことがある。

水谷さんはダジャレの横に○と△の記しをつけていた。

最初に見た時はダジャレの存在に絶望してそこに気を留めることができなかったが、ダジャレを言わなくていい立場になった今その○と△の記号の意味を考察する余裕が生まれた。


これはきっと水谷さんにとってのダジャレの出来栄えを表しているのではないだろうか。

これだけダジャレに対して向上心がある男だ。

△をつけたダジャレは納得がいってないということだろう。

「覚えるのがしんどかったらダジャレ、削ってもいいんじゃないんですか?」(そんな無理して言わなきゃいけないものでもないし、そもそも)


すると水谷さんは言った。

「そーそー!!」


よかった。案の定真っ先に△の記しをつけたダジャレを横線で消し始めた。


そしてポケットに台本を忍ばせてといていいというところで妥協してくれた。


そんなやりとりをしていたら授業の時間になってしまった。。。

はぁ。。。大丈夫かなぁ。。。



授業が始まるとすぐにネタ見せが始まった。

次々に同期がネタを披露していく。

ウケるコンビ、ネタが飛ぶコンビ。

色んなコンビがいればいるほど自分たちがネタを披露するとき

いや、ダジャレを披露するとき

どんな空気になるだろうか。。。

そんなことを考えてしまう。

そして出番は来た。

まずは声を出すことだ。

佐野と水谷。どうぞ。

講師の人に言われるが否や私は腹から声を出した。

「どうも~~~~!!!!」


事務局スタッフが私に目をやる。

感覚は悪くない。

まあこのあとたぶん無茶苦茶変な空気になるんだろうけど。。。

導入が終わりコントに入った。

水谷さんがピザを運んでくるシーンからスタートだ。

ここで私は1つのツッコミを思いつく。

「おじさんということをいじってみるか・・・」

これは賭けだった。

学校が始まって3日目。

誰もまだおじさん達に面と向かっておじさんいじりをしていなかったからだ。

するなら。。。ここしかない・・・


水谷「ピンポーン」

佐野「お、来たよ来た来た」

ガチャ(ドアを開ける音)

今だ!!!!!!


佐野「すっごいオジサン来たー!!!!!えー!!」





一同「はっはっは」

ウケた!!!

これは間違いなくウケた!!

みんな思ってたんだ!!みんなおじさんがいることに対して違和感を抱いてたんだ!!だからこそこのツッコミで共感が爆発してくれたんだ!!!

クソ!!こんなにウケてるのに!!!

このあと(ダジャレによって)確定で変な空気になることが分かってるだけに嬉しさよりも悔しさが上回っていた。


佐野「おせーよ!!なにしてたんだよ!」

水谷「いやー、迷っちゃって・・・」

佐野「迷うって言ったって一本道だろ」

本来ならここで

富澤さん「行くかどうかで迷ったんです。」

伊達さん「なにで迷ってるんだよ」

というくだりで爆笑なのだが。。。





水谷「マヨネーズかけるかどうかで、マヨっちゃってww」











その後のことは記憶にない。気が付いたら私は教室の中央で横たわっていた。

意識を失ったわけではない。完膚なきまでに脱力していたのだ。


人生であんなにも長い2分はきっとこれから先もないだろう。

だんだん顔がひきつっていく同期達、目を伏せる事務局、メモするペンが止まる講師。

そして絶え間なくダジャレを繰り出す水谷さん。

これがzoneかと言わんばかりのスローモーション。

ウケてるのかすべってるのか

そんなことも判断できなかった。(たぶんすべってた)

練習の時に削ったダジャレが出てきてることくらいしか私には認識できなかった。

ただ一つ、驚いたこと。

それは楽しかったことだ。

自分が作ったネタでもなければ、正直めちゃくちゃウケてるわけでもない

人前で漫才するのがこんなにも楽しいのか。

正直にそう思った。

本番だけじゃない。

ネタ合わせもそうだ。

ダジャレばっかり聞かされたけど

めちゃくちゃ楽しかった。

人前でネタを披露する、そのために準備するという一連の流れがたまらくワクワクした。

水谷さんと漫才したことでこの世界で頑張っていこうという決心を強めることができた。

正直、おじさんと組むなんて。。。とか思ってたけど。。。

経験としてはかなり貴重で

これからの人生に絶対に役に立つと、確信する出来事だった。

水谷さんにお礼を言おう。

私は立ち上がって水谷さんを探した。

すぐに見つかった。

おじさんだから。

「水谷さん、ありがとうございました。楽しかったです」

「佐野君、ありがとね。ネタを飛ばして申し訳ない。」

そーいえば飛ばしてたっけ。もうどっからがネタでどこがダジャレか分かんなくなってた。

佐野「もう少しダジャレ削ったらよかったですかね?」


すると水谷さんはこう言った。



水谷「そーそー!!」


ダジャレよりも

この肯定癖の方が

この人の特徴なのかも・・・

そんなことにも気づけた。








授業終わり、講師の先生が次のネタ見せもくじ引きで決めた相方とネタを披露するということを発表した。

クジを引く。

佐々木さんって人とコンビを組むことになった。


佐々木さんに年齢を聞いてみると

彼は笑顔でこう答えた。



「49歳です」



おじさんとの不思議な相方生活は

まだまだ終わりそうもありません。




end.



みなさんからのサポートで自分磨いて幸せ掴むぞ♪