(70)複雑な3人
須藤さんとは、あの特別な誕生日の夜のあとも、
ときどき会えたり(ふたりきりでのデートではなく、コンサートの打ち上げでしか会えないけれど)、
電話で少しだけ話せたり、
付かず離れずの感じで、続いていた。
須藤さんはとてもとても忙しい人で、だいたいはコンサートツアーで旅に出ているし、戻ったとしてもいくつものプロジェクトがいつも山積みで、打ち合わせ等でスケジュールが埋まってしまう。
ふたりで個人的にゆっくり会える時間は、はっきり言って、ない。(彼はいつも疲れ過ぎていて、その時間を無理に捻出しようとする気もない)
どうしても会いたければ、彼のスケジュールを確かめて、会えそうなスキマをみつけて連絡してみるしかない。
そこで、ちょうど良いタイミングを思いついた。
彼が旅から飛行機で戻ってくる予定の日と、わたしが別の地方の仕事から飛行機で戻る日がちょうど同じ日だったのだ。
その日、羽田で合流できたら。
ふたりで羽田からのリムジンバスに乗って一緒に帰ることができたら。
その時間をふたりの時間にできる。
わたしは、そのアイデアを須藤さんに伝えた。
須藤さんは、帰りの便の時間を教えてくれた。
うれしい。羽田から一緒に帰れる。
普段ゆっくり会えないぶん、その時間は、とても貴重だ。
わくわくその日を待った。
そして、その前日。
あの"いつも須藤さんのそばにいるマリ"も同じイベントに参加していたということで、須藤さんが帰ってくるその便は、マリも一緒だということがわかった。
心から、ガッカリする。
「マリも一緒なら、わたしは遠慮しますね」
とても落胆した気持ちで、須藤さんに連絡した。
須藤さんからは、
「同じ街に帰るのだから、みんなで一緒に帰りましょう」
という返信がきた。
そうくるのか…
複雑ではあるけれど…
須藤さんがそう言うのなら、
マリとわたしが一緒になってもかまわないのなら…
わたしは、マリが一緒だとしても、須藤さんと会いたい気持ちを選んで、一緒に帰ることに同意した。
3人で帰ろう、と彼が言うなら、マリとは本当になにもないのかもしれない。
そして、羽田で合流。
須藤さんは、わたしと約束していることをマリに告げていなかったらしく、突然のわたしの登場に、マリがとても驚いていた(彼女は、偶然ということで片付けたようだ)。
3人でリムジンバスに乗り込んだ。
最初はひとりひとり、1列ずつわかれて座ったが、席が混み合ってきて、マリが須藤さんの隣りに座ることになった。
わたしはそのふたりの後ろの席で、
これはいったい何の時間だろう…
と複雑な気持ちを味わっていた。
須藤さんとくっついて座って帰れたらさいこう、と思いついて提案したアイデアだったのに、須藤さんとマリが目の前でくっついて座って、耳元でなにか話したりしているのを後ろから見なければいけないという残酷なじかん。
わたしはなにをやっているんだろう。
苦しいなあ。
バカみたいだ。
こんな痛みを、これから何度味わっていかなければならないのだろう。
須藤さんとマリは、仕事上とはいえ、わかちがたいほどにお互いに必要な存在になっている。
わたしもできるなら彼の支えになりたいけれど、マリみたいにすべてを支えることはできない。
そんなことを、考える。
須藤さんと会いたいなら、マリの存在をひっくるめてOKなじぶんにならなくてはならない。
それがなかなか、難しい。
結局その夜は、須藤さんとマリとわたしの3人で軽く飲み、マリとは解散して、須藤さんとふたりで、知り合いの音楽バーに少しだけ寄って帰った。
そう。最後は、ふたりになれる。
そのためだけに、マリの存在に耐える。
なかなかに厳しい選択ではあるけれど。
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