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(45)不思議な流れの夜

あと一度だけでいいから、

須藤さんに抱かれたいなあ

なんて思いながら、

今週も彼のイベントに出かけた。


先週の甘いやりとりの余韻もあったので、

今夜のイベントのあと、もしかしたらそんな流れに持っていけるかもしれない、

と、ひそかに期待していた。


結局、イベントのあと仲間たちで飲んだあと、

機材車でまとめて送ってもらう流れになった。


彼の家の前で機材と一緒にわたしも降りて、

もしかしたら、ちょっとだけでもお邪魔させてもらえるかもしれない、

と、淡い期待を持っていた。


けれども須藤さんは、機材を玄関前に運ぶお手伝いもさせてくれず、

仲間もいたので、そのまま解散になった。


足りない気持ちのまま少し歩いて、

ちょっとだけ戻って最後にハグできないかな、とおもって、須藤さんに電話をしてみた。

電話に出た須藤さんは、すぐに、

「俺はもう寝ます」

と言った。

先週の甘い会話など、なかったかのような対応。


わたしは哀しくあきらめて、

「さようなら」

と電話を切った。

もう、終わりの気持ち。


振られちゃったなあ...と、

すっかり哀しい気持ちで歩いていると、

吉井くんからの着信。

吉井くんは10年以上の友人であり、音楽仲間。

やさしいやわらかな雰囲気の人。

お互い自然にとても居心地が良いので、

ときどきふたりで喫茶店でお茶をしたり、深夜までお酒を飲んだりする。


わたしは彼のことを、出会った10年以上前からほんのりと好きだったけれど、

彼はいつもほかの誰かに恋をしていて、

わたしはもっぱらその相談を聞く役なのだった。

どんなにふたりきりで過ごしていても、彼はなにも越えてこないし、

そのうちに彼は結婚して、

わたしたちはずっと友人なんだな、とおもっていた。


そんな吉井くんが、深夜に突然、電話をかけてきた。(そんなことは初めてだった)

どうしたの、と聞くと、

酔って自転車で転びました

という。

転んだ場所から、わたしに電話をしてきたらしい。

今いる場所の地図のスクリーンショットを送ってもらって、

タクシーですぐに向かった。


送ってもらった地図の場所からはずいぶん違うところにいたけれど、

直感だけで、

奇跡みたいに、わたしの乗ったタクシーは、

信号のない、名もない住宅街の十字路の真ん中に佇む彼の前に着いた。


酔ってふらふらの彼の代わりに自転車を引きながら、

そこから歩いて10分ほどの距離の彼の仕事部屋にふたりで向かった。


ソファに座って、酔い覚ましにお水を飲みながらぽつぽつ話していたら、

自然にお互いに顔が近づいて、口づけをした。


10年以上、友人として仲良くしてきたのに、

なぜ今、急に...?

そんな気持ちだった。


どうして今までこうならなかったの?

と聞くと、

かの子さんは...初恋のような人なんですよ。

きっとみんな、かの子さんのことを初恋のような存在としてみてるとおもう。だから、踏み込めないんですよ...

そんなふうに言った。


須藤さんがいつだったか、

「かの子さんはまぶしくて、壊せない」

と言っていたことを思い出した。


そんな話をしつつ吉井くんは気持ちが止まらなくなって、

とうとうそのままわたしたちは、彼の仕事場のソファーで、一線を越えてしまった。


わたしは今夜、須藤さんに抱かれたくて出かけたのに。

こんな流れって、あるのだろうか?


須藤さんとひと晩をともにして、

満足して次に行こうとおもっていた。


けれどかなしく突き放されて、そんなに美しくは終われないものだな、と思いながら歩いていた。

そんなわたしに降ってきた、

不思議な夜の出来事でした。


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