夢の畔で
ベランダで夜とか夕刻とかもなんだけど、外を見てていつも小さな頃から思ってたことを貴方がもし、また京都へ来てくれたら一緒にしたかったってよく思ってたの。
それはベランダから見える(あるいは階段の踊り場から見える)いつも不思議に思ってたあのチカチカ光る光のもとへ行ってみたいとか、山の稜線に光るあれはなんだろう? あそこへ行ってみたいとか…。
丘に沿うように積木で出来たような色とりどりの家並がならんでいる辺りに行ってみたいとか…。
ヘンテコな塔みたいなのの傍に行ってみたいとか…。
遠くに見えるルビーのような窓が綺麗だから、あの窓灯りの傍に行ってみたいとか…。
一番の願いはうちの前のマンションは3階までしかないから、(うちは4階だし)3階の屋上がむき出しで見えるのだけど、その上に上がりたいとか…。
無理なことだらけなんだけど。
山の稜線に沿って光るのは、お天気か何かを観測する普段は無人のナンかかもしれないし、電気かなんかのナンかかもしれないし、ロープウェイすら無いのに(多分ここいらの山にロープウェイなんか聴いたこともないし) あんな山の頂上行けるわけないし…。
向かいの棟の屋上も南京錠かかってるし普通の人は上がれないし…。
柵もなんもないむき出しの屋上だから、工事の人以外は上がれないし…。
階段もないし、壁に鉄の梯子がついてるだけ。
うちの玄関の横もそう。
鉄棒で出来た壁から突き出した形の梯子が、かなり壁の半ば上くらいからついていて、容易には上がれないようになってるの。
梯子まで多分工事の人は別の接続型の長い梯子を持ってきて、それを壁の梯子に引っ掛けて屋上へ上がるんだろうね。
最上階はみんなあの梯子が壁の上の方にあるんだと思う。
よく見たらそんなにメチャクチャ上じゃないんだけど、でもよっぽどジャンプして飛び付かなきゃ触ることすら長身の男性でも出来ないと思うょ。
でもうちは最上階だから、無理矢理ジャンプして飛び付こうとなんてしたらすぐ真横に階段があるもの 危ない危ない。
ジャンプしたはいいけど着地地点を一歩間違うと階段を転がり落ちると思う。
それに屋上への扉は押し上げ型で昔っから鎖がついていて、その鎖には南京錠が施錠されてるから…。
うちの天井の屋上も登ってみたいんだ本当はね。
無理だけど夢のひとつかな。
お向かいのむき出しの屋上を見て小さい頃から夢見てたんだ。
押し上げ型のハッチ式の扉が、こちらの窓から見ているとなんもない屋上にポツンとそこだけ凹凸で、しかも色つきだったからなんか物凄い異物感に見えたの。
何年か前に全部同じ色に染めてしまったんだけど、昔は天井全体がマンションの外壁と同じオフホワイトで扉だけブラウンだったから余計、異物感が強くてなんかがまるで置いてあるみたいに見えて…。
幼かった私はそれを誰かが旅行用のトランクケース(スーツケースではなくて昔のヨーロッパ映画に出てきそうな古めかしいトランクケース) を置き忘れて行ったって思ってたの。
一体どんな人が取りに来るんだろうって毎日窓から見て待ってたけどね。
何が中に入ってるんだろうって…、
ずっとずっと待ってたの。
だいぶ大きくなって事情が解っても、それでも解ってるのにいつも夢見てその『トランクケース』を自分の部屋の窓から見ていたの。
雨の日も風の日も、晴れの日も、夜も朝も、一年中。
誰かがきっと開けてくれる。
誰かがきっと取りにくる。
あり得ないことなのにね…。
十代くらいの時かなぁ… 。その時はもう他人の家に預けられたりとか、施設に入ってたりとか、日本中あちこち行ってたから、ずっとうちに居た訳じゃなかったけど、
たまたまうちに居た(帰省していた)時、向かいを見てたらそのトランクケースが内側から押し開けられてビックリして思わず息を止めて待っていたら、トランクケースの中から全身グレーのおじさんが出てきたの。
結局、電気だかなんだかの点検?かなんかの作業員さんだったの。
グレーは作業服…。
頭にもグレーのつば付きの帽子をかぶってた。
トランクケースの上蓋を内側から押し上げる腕がニュウ~って見えた時ビックリして嬉しくなったのに…。
でも屋上がいつもとは凄く違って見えた。
そのおじさんたった一人の為に。
いつも見てる風景じゃなくて人間がそこに立っているだけで物凄い変化で…。
普通にあり得る風景なんだろうけど、とてもヘンテコで面白くて、私にはすごく新鮮な風景に見えたんだ。
私もあんな風に天井に上がってみたいけど無理だなぁ。
でもあの風景を見た夜にこんな夢を見たんだ。
誰か見知らぬ素敵な人があのトランクケースを取りにくる夢を…。
その人がトランクケースを開けたら、トランクケースの中からぱぁーっと光が射して夜の街全体がキラキラと明るく照らし出されたの。
宝物がたくさん入ってるのかなっと思ってベランダに駆け出すと、トランクケースの中からこちらに向かって虹が飛び出して、その虹を渡って私のベランダに降り立った紳士は『トランクケースに長い間大切に隠していたものだけど、ずっと私の存在を疑わずに信じていてくれたから、これを君にあげよう』ってキラキラ輝く虹で出来たティアラを私の頭に乗せてくれたの。
その人はステッキで指し示した方向に虹の橋をまた新たに掛けると、その上をすべるように歩いて行ってしまったの…。
『またいつか帰ってきてくれる?』
って後ろ姿に聴いたら、少し振り向いて確かにうなづいたのに、まだ帰って来ないな…。
あの夢を今も大切にしている。
おばさんになった今でも…。
貴方はあのトランクケースをいつかきっと開けてくれる人だってずっと思ってたんだ。
ふたりで屋上に立って虹を渡れるかなって…。
泣きながらよく向かいを見てたの…。
でももう二度と見れない、そんな夢は。
私達は別れてしまったもの。
でも、幼い頃から今も変わらず夢の続きは続いているの。
あのトランクケースは今もまだ閉まったまま。
でもきっと私の魂が羽ばたける時が来るまで、希望の虹の橋は消えそうで消えない。
だからいつかあのトランクケースを開けに行くのは、きっと私独り。
でもそれを見守ってくれているのは、きっとあの夢の紳士。
雨上がりの空に虹を見る時、いつも思い出す『またいつか帰ってきてくれる?』と言った少女の私に深くうなづいたあの人を。
夢は夢で終わらない。
夢を夢で終わらせない。
たとえ貴方ともう逢えなくても。
莫迦にされ、いじめられてきた少女の私の頭上には、あの日からずっとティアラは輝き続けている、誰の目にも見えないだけ。
私だけが知っている虹の啓示。
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