バラ窓

『巨人(ギガント)の夢』

三叉路を選ぶのか

二股なのか

一本道か

針の先に立つ今、このわたし
貴方を愛した。

斧で樹のように断ち切られた夢

壊れ切ったわたし

約束の道が、将来が、
破壊され全てが消えて無くなった。

貴方が言い聴かせ続けてくれた数年間
気の遠くなるような待ち地獄の果てにいつかは咲く蕾(つぼみ)を信じて
泥濘(でいねい)の中。
真珠色に輝く癌の花咲く月の想いは影薫る、
黒髪の河に漂う死人(しびと)のような花桴(はないかだ)
身を横たえて流るる貌(かお)の無い花嫁…

ややあって
不幸せに
ややあって
幸せに
祈りは呪詛に

その呪詛さえ薄絹の桜咲く聴(ゆるし)の色にどうか
安らかに睡(ねむ)らせて…

『告訴に!』と叫ぶあの方に
どうか紫の衣を

端(はした)色の雲から降りる光の帯に聴こえぬ声を聴く

『ねぇ貴方は何処?』

まるで影すら見えぬ

ねぇお願い今こそ!今こそ!もう声を、聴かせて
姿を見せて

『貴方』の声を
『貴男』ではなく『貴方』の声を!

ずっとずっとずっと…
幼き頃よりそう想ってきたの

誰かは知らぬそのひとに

顔を見せないそのひとに

逆光で影となって浮かび上がるあの抱き締められたい唯一の姿

純白の翼のような両手を拡げ

あの日あの時

遥か昔 貴方のもとへ召されたあの小さな巨人のひたすらに戸惑い
困惑に満ちたアルペン・ブルーのあの瞳を…

うら若きわたしはそんな時、彼を哀れみ傲慢にも薔薇の仏蘭西窓
(フランスまど)から必死で手をふった。

『聴いていますよホワイトさんいつも!いつも!いつだって!』

『また来週!また来週!』
バイブルを抱いて背後で嘲笑する少女達
でも構わなかった…あなたを喜ばせたいとただひたすらに…
愚かな少女はいつもいつも薔薇の花頭窓(かとうそう)より身を乗り出して
ピエレッタを買って出た…
勿忘草(わすれなぐさ)より蒼き瞳を瞠目(どうもく)し、
小さな巨人は薔薇の伝う門の前で佇立(ちょりつ)し、
ただただ私を困惑して見つめ、やがておずおずと一礼し…

貴方のもとへと旅立った…

大人になった私に小さな巨人は薔薇の花咲く門の傍で夢の中で佇み…頬笑む
彼は手をふり『ありがとう嬉しかったよ』と…

『夢のような日々をありがとう』と貴男に言われた日々は死んでも返っては
こない。

憎悪が憎悪を呼び…
壊れた華が狂い水を唇に棘を育てて夢さえ毒す…
まるで光の反射の中に一生棲もうとしているかのよう
お願いお願い
もう私を無にして!
終わりたいんです。
ただただ無に返りたいのです。
駅のホームを低回する逢魔が刻

緞帳(どんちょう)は
閉まるの?

針の先に立つ。
そんな時、秒針の歩みはあぁ…まるで凍りついたよう

あなたの摘んでくれたブルーベリー

まるで濡れた紫水晶のようだった…

あんなに愛しい記憶すら

あんなに強い抱擁すら…
甘い口づけすら…
全ては見知らぬ国の引き裂かれた記憶
その記憶をそのままに
黒い巨大な扉のような跳ね橋が上がる
その跳ね橋は二度と私の足元に降りてはこない
まるで貴男など居なかったかのように
壊滅してしまった惑星のように
跡形もなく、微塵もない

貴男の君にどうか紫を召しませ

私には私には…
あぁ私には無が安らぎなのです。
夢の中で小さな巨人が頬笑む。

生きていた時にはかたくなで決して見せなかった満面の笑みを…

聴かせて今こそ

その声を

幼き頃より

求め

探し

7つの不浄に輝かしくも濡れ光り、艶冶(えんや)に彩られた私には

あぁ黒絹の髪には真珠の髪飾り
華奢な首には銀の首飾り、
飴棒のような貧弱な指には黄金(きん)の指抜き

金や銀や真珠で身を飾らず行いの清さで身を飾れとの教えにも
7つの塚に棲む私は石持て追われ続ける。

貴方に乞う力すらも今やもう無いのです。

壊れたわたしに貴方の教えはさながら薄羽蜉蝣(うすば・かげろう)のよう

『私はただ黙っているのではなかった、お前の傍に居てたとえどんなに
愚かでも同じ音楽を聴き、醜い絵も共に見つめそして共に苦しんでいた』

初めて感じた行きずりではない声

いつもわたしの人生は行きずり、気紛れ、すぐに豹変する声と光

額に受けし水晶の滴(しずく)は…
やがて尊き血潮を秘めた真珠の涙となって私の髪を濡らすであろう。

だからこそ今なら云える貴男の君に迷うことなく紫を、

貴男を失い、

貴方を得た

わたしはもう針の先には明日から居ない

額に受けし
貴方の涙が私の内側をさながら黄金(きん)の鐘のように打ち鳴らす。

『この女を石打ちの刑に出来る者がただ一人でもいるのならば
そうするがよい…!』

…彼らは潮のように黙って俯(うつむ)き引いていった…

薔薇の門で貴方は頬笑む。

『恐るるなかれ、怯えるなかれ、狭くなどあるものか』と…

勿忘草(わすれなぐさ)より蒼い瞳の小さき巨人(ギガント)と共に…

放蕩(ほうとう)息子さながらに弱り切り、穢(よご)れ切った私は
貴方に膝まづき固く固く抱き締められる
光りの家路

病んだ胸に小さな愛しい命の灯火(ともしび)を抱いて…

貴方の待つ薔薇の花咲く
門をさして歩むわたし…

あぁその夢に迷うことが無きよう私達に闇路の遠い果てで
灯りを振ってください…

親愛なる蒼き瞳の小さき巨人(ギガント)
の棲むその門の内へと憐れな小鳥の亡き骸のように春の風に吹き寄せられる
その日を待って…

今宵も私は瞼をとじる。


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