見出し画像

はなむすめ

THE 禍話 第6夜より。

 昔、気管支が悪くて。今はもう大丈夫なんだけど。
 夏休み、お爺ちゃんの家に行ってたんです。お婆ちゃんは物心つく前に亡くなってたんだけど、お爺ちゃんが可愛がってくれて。
 小学校に上がったくらいの時期かな。お爺ちゃんの部屋で過ごしてると、軒先で大人の話している声が聞こえてきた。その内容が、「知らない女の子が花を玄関先に置いていくのは困るな」っていうの。自然に囲まれた田舎のこと、知らない子供がいるっていうのもおかしな話だった。
 どうやらその子、山なんかで花をむしっては持ってきているらしい。別にいいじゃないか。と思っていたけど、大人がやたらとその話題を繰り返していたので覚えている。一年か二年くらい、その子供は話題になっていた。

 お爺ちゃんの家に行った最後の年。小学校5,6年くらいだっかな。おいとましようと帰り支度をしていたら、隣町の親戚が亡くなったとの報せが入った。急だけどお葬式ということになり、家族みんなで行かなきゃならなくなって、「悪いけど、お前残ってろ」と一人で家に残されてしまった。夜には帰って来る、火の元には気をつけろ、とか言ってみんなは出かけてしまった。ずいぶん長い時間を一人で過ごすことになったけれど、勝手知ったる家だ。作り置きの食事を食べ、自由気ままに過ごして、うつらうつらしている時だった。

ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!

 いきなりすごい勢いで、玄関を叩く音がした。まるで四、五人の大人が叩くように。近所の人が、火事か急な雨かを知らせにきたのかと行って見たが、玄関には誰もいない。
 おかしいな、いたずらにしては訳が分からない。つっかけを履いて表に出てみたが、家に面した一直線の道路には誰の姿もない。だが向こうの方に見える十字路で、自分より小さな女の子が大量の花を脇に抱えて走る姿が見えた。
 今の子かな、噂の子っていうは。こんなにはっきりと昼間から走っているならば、どこの子か分かりそうなものなのに。遠巻きに見ても、すごい量の花を抱えていた。女の子はさらに来た道を戻って駆けていく。花を落とす様子はない。

 その風景を見ていたら、理由もなく急に噎せてきた。気管支の発作なのか、吸引器を取りに家の中へと戻る。花粉か何かの発作とも違うが、原因は判然としない。発作がおさまり、一息ついて何か飲み物でも、と思った時だった。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 誰かが玄関で、甲高い声で叫んだ。ずいぶんな早口で内容は聞き取れない。誰ですか、と声をかけても、早口で全く聞き取れない返事だけが返って来る。玄関に行ってみると、擦りガラス越しに小さな女の子のシルエットが見えた。相変わらずの早口で同じことを叫んでいるが、何度も聞いていると何を叫んでいるのが分かった。

「大人が誰もいないなんて不用心なことだ!」

 声の主は、なぜ自分が一人だって分かったんだ……?

 怖い、気持ち悪い。自分の方が体格はあるけれど、本能的な恐怖を感じた。そういえば縁側の鍵は閉めたかな、と不安に襲われる。変わらず叫んでいるその子を置いて、縁側に回った。

 そこにも、いた。

「大人が誰もいないなんて不用心なことだ!」

 もしかして別人かとも思ったが、玄関の声は止んでいた。女の子が手にしている花束の花弁は、ほとんどむしられている。残った花弁をさらにむしりながら、

「本当に幼い子供一人だ!」

と叫んでむしり続けている。ただのおかしい子供ではないと、体がすくんで動けなくなる。女の子は、花弁がほとんど残っていない花の茎を縁側にたたきつけてさらに続ける。

「本当に幼い子供一人だ!」

 もうどうしようもなくなり、部屋の奥に逃げた。田舎の大きな家、どんどん奥へ走る。内鍵とかないものか、と逃げながら探す最中にも女の子の叫ぶ声が聞こえる。どうやら女の子は、家の周りをぐるぐると回っているようだった。相変わらず何かを早口で叫んでいるが、何度か聞いているうち再び意味が分かった。

「鍵なんか掛けたって、どうしようもないじゃないか!」

「幼い子供一人なんだから、こっちはどうとでもできるぞ!」

 聞こえてくる声の位置から考えるに、家を周る速度がどう考えても早い。狹い場所もあるのに、お構いなしという様子だった。

ジリリリリリリリ!

 その時、急に電話が鳴った。恐ろしさもあるがどうしようもなく、受話器を上げて「はい!」と上ずった声で応える。すると全然知らないおばあさん声が、

「仏間へ行け!」

と叫んだ。だが幼い時分のこと、仏間が何のことか分からない。とまどっていると、また別の全然知らないおばあさんの声が混じる。

「だから、仏壇とか写真とかのある!」「そうや、だから仏間へ行け!」

 電話はそれだけ言うと切れてしまった。怖いけど、行くしかない。逃げ込んだ仏間の扉を閉めると、しばらくして外で周っている声が家の中へと入ってきたのが分かった。扉越しに聞こえる声が、どんどん近付いてくる。

「どうにでもできるぞ!」

 だが廊下まで来ても、声の主が仏間まで入って来る様子がなかった。

 やがて声が聞こえなくり、しばらくしてようやく家族が帰ってきた。呑気にただいま~、などという家族に構わず泣き叫ぶの自分の姿を見て、お爺ちゃんも何事かあったことを飲み込んだようだ。慌てて拝み屋か何かを頼んでいる様子だった。
 その夜、ジャージ姿の妙にラフな人がやって来た。仏間で頭を触られたり、気管支が悪いのに線香を焚かれたりと、妙な儀式に突き合わされた。

 後で分かったことだが、電話の声はお婆ちゃんだった。もう一つの声は、お婆ちゃんと仲の良かった曾祖母であるらしかった。孫を助けるために電話してきたんだろうけど、それも重ねて怖かった。もう少し助け方があっただろうと思う。

 とにかくそれ以降、花を置いていくようなことは一切駄目になってしまった。

 本稿は膨大なホラー知識と実話怪談のレパートリーを揃えるかぁなっき氏が語り手の「猟奇ユニットFEAR飯」による実話怪談チャンネル「禍話」で過去に放送された内容を、若干のリライトを加えつつ文章に起こしたものです。
 現在は毎週土曜日午後11時から約一時間に亙り青空怪談(著作権フリー)が放送されています、本稿を読んで興味を持たれた方はぜひ。

甲冑積立金にします。