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30代で連絡取れるのは3人だけ

以前コント番組でずんの飯尾さんが「一年生になったら 一年生になったら 友達100人もできないよ 30代で連絡取れるのは3人だけ」というネタを披露していた

わかる〜!なんて思って笑っていたのだが よくよく考えてみると5人しかいない小学校の同級生とは全く連絡をとっていないし 中学の同級生も高校の同級生も...

というか日常的に用事以外で頻繁に連絡し合う友人などほとんどいないことに気づく(SNSで繋がっていてお互いの近況を知るということなら もちろんそれなりにいるし 連絡を取ろうと思えばいくらでも叶うことだけど)

日本を離れたことは大きな要因かもしれないが それぞれの生活がある中でいつもやりとりを保つということはそんなに簡単なことではないし そもそも頻繁に連絡を取り合わなくても 関係が変わらない人というのは案外いるものだ

数年に一度しか会えなくても 数ヶ月に一度しか連絡をしなくても その距離感を嫌わない友人たちがわたしは好きだ 


学生の頃 友人同士でサイトを作ってそれぞれが日記を書いたり 写真を投稿するのが流行った サイトの名前は自然と仲良しグループの名前になったりして どこかしらのグループに所属することが当たり前になっていた メッセージ系のSNSが普及すると 今度はトークルーム用にグループ名がつくようになって また何かしらのグループに所属することに

別にグループに所属すると言ってもそんなに大げさなことではないんだけど 

グループ名はイベントや特定の集まりで作られた「〇〇用」とか「○月○日のグループ」などの一時的なものもあれば 仲良しが集って頻繁にやりとりするためのものもあって そういう場合はグループ名もメンバーそれぞれの名前からとったり 特別な名前がついたりする

わたしも今現在いくつかのグループに所属していて 中でも歴が長いものは結成から15年ほどになる 専門学校時代に気の合う友人2人と組んだのだが 3人とも10月生まれであることから グループ名はOctober3を略して「Oct3(オクトスリー)」としている ちなみにわたしとYちゃんは誕生日が全く同じ(10/12)で 日にちの数字を入れ替えるとSちゃんの誕生日(10/21)になる 3人とも天秤座だ

専門学校の友人たちは基本的にみんな仲がよかったが この二人とは特に気が合った 授業が早めに終わる水曜日には よく水道橋にあるラクーアで買い物をしたりお茶したりした 二年次の夏頃から二人は同じ会社に就職 わたしは卒業目前の1月から一人東京を離れ 大阪の会社に就職した それでも度々連絡を取り 都合をつけては会ったりしていた

会社を辞めても 結婚しても 日本を離れても 環境がいくら変わっても彼女たちとの関係が変わることはなかった

10代20代30代 この期間は人生で最も変化が大きい時期だと思う その中で必ず人間関係は淘汰されていく それは決して悪いことではないし 自然なことだ

それでも この期間変わらずに関係をキープできる友人がいたことはわたしにとって一種の誇りだったりする

秘訣は距離感にあるのだと思う 彼女たちとのやりとりは頻繁とは言えないけれど わたしからすれば実家のような場所で 新たに飛び立とうとしている時 羽が折れた時 なんでもないけどちょっとよりたくなった時 どんな時でも行けば必ず迎え入れてくれる そしてわたしの考えや決意を絶対に否定しない 嬉しいことなら自分のことみたいに泣いて喜んでくれるし 辛いことは傷みの一部を担ってくれる 

高校生の頃までは度々友人関係に悩むことがあったわたしにとって こんな友人関係は歌詞の中だけの話だったから 自分の内定報告を聞いた友人が泣いて喜んでいるのを見たときは驚いた 

記憶の限りでは喧嘩をしたこともないし 二人に負の感情を抱いたことは一度もない わたしはもしかすると無意識で二人を傷つけてしまったことがあったかもしれないが もしそれを打ち明けられたなら全力で謝罪したい

いくら環境の変化があっても距離感を保ってきた彼女たちとはきっとこの先も毎年お互いの誕生日を祝いあうだろうし 心地いい関係でいられるだろうと思う


専門学校までの学生時代で言えば確実に100人以上と出会ったわけだが 飯尾さんが言う「30代で連絡を取れるのは3人」というのはやっぱりあながち間違いではないなと思った  


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