かんぽう恋薬《こいやく》第三話『運命の杖』

■かんぽう恋薬 第三話『運命の杖』

「爺いぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!!」

渾身の力を込めてあたしは叫ぶ。そしたら”ぽんっ”と言う音と白煙と共に、ちゃぶ台の前に座ってメザシでご飯食べてる昨夜の老人が現れる。

「ん?どうしたんじゃ急に」

のんびりとご飯食べてる爺にあたしは今迄の経緯を早口で捲し立て散らす。だがしかし、あたしの大焦りとは反対に爺は他人事の様にゾンビの集団を目で追いかける。

「ほう、これは派手にやっとるのう」
「何とかしなさいよ、あんたが原因でこんな事になってるんだから」
「おや、使い方と注意事項は伝えた筈じゃが」
「こんな効き方するなんて想像してなかったわよ、早くあれを何とかして!」

ゾンビの集団を指差しながら叫ぶあたしに視線を合わせる事無く老人はやれやれという感じで肩を竦めて見せる。そして、かなりめんどくさそうに杖を持ち徐に立ち上がると地面に輝く円を描き、その中に複雑な模様を描き込んでの魔方陣を完成させる。それを前に爺が何かを念じると、魔方陣は激しく眩いばかりに突き刺さるような光を放ちながら輝き始めた。

「な、何・・・?」

驚くあたしを尻目に老人はそれを杖で器用に操り狙いを定めると集団の先頭を走る則子目掛けて思い切り投げつけた。すると魔方陣は則子目掛けて飛んで行き、後を追うゾンビの群れを突き抜けてブーメランの様に老人の元に帰って来て受け取ると同時に則子を追い掛けていたゾンビの群れは、ばたばたと将棋倒しに倒れ込む。その気配に気が付いた則子は彼等を振り返り、鬼ごっこの終焉を察したのかその場にぺたんと座り込む。

「ま、これで良かろう」

その言葉を聞いてあたしもぺたんと座り込み、見下ろす老人はぼそりとこう告げた。

「ふむ、いきなり呪術を使った薬を使う事は無理か」

おい、ひょっとしてあんたはこうなる事を事前に予測してたのか、それが分かっててこんな危ない薬をあたしに渡したのか。

「呪術の道理を理解せずに薬を乱用すると、こう言う事になると言う典型じゃ、わしも反省しておるわい」

爺はその場に座り込むと、懐から短刀を取り出し自分の杖から棒を切り出して、器用にそれを加工する。そして出来上がったのが30センチくらいの杖。そしてそれをあたしにひょいっとよこす。

「良いか貴子、これはお前さんの運命の杖じゃ」
「は?運命の?」
「そうじゃ、その杖は一生あんたを守ってくれるじゃろ。そして呪術を使うのに絶対必要な杖でも有る」

あたしはその杖を繁々と眺めながら、老人の言葉に違和感を覚えた。

「ちょっと待て爺……」
「ん、なんじゃ?」
「私が呪術師になるって事?」
「そうじゃよ」

爺はあたしを見詰めながらにかっと嗤って見せた。それがあまりにも自然に流れる様な展開だったから一瞬納得しそうになったがちょっと待て、そうじゃねぇだろ。

「じょ、冗談じゃないわよ、なんで私が」

あたしは爺にに突っかかる勢いで抗議するが奴はそれをさらっとかわして相変わらずにやにや嗤いを浮かべながら見詰めているだけだった。そして次の言葉がこれだった。

「それが血の繋がりと言うもんじゃ。先祖の力を後世に伝えるのは子孫の務めとは思わんかね?ま、詳細は今夜と言う事でここは一旦解散じゃ、じゃぁな、バイビ~」

爺はそう言い放つと再び”ぽんっ”と言う音と白煙に紛れて姿を消した。

「卑怯もん、出て来い、爺!」

お約束で一応叫んでは見た物のあたしの声は校庭に空しく響いただけだった。そして視線の先の則子は疲れ切って荒い息のまま、まだ立ち上がる事が出来ていない、正気に戻ったゾンビの集団は何が起こったのか全く分からないまま不思議そうな表情で三々五々解散して集団鬼ごっこは何事も無かった様にお開きとなった。

そして、玄関から約30メートル付近で酸欠で倒れた幸は誰かに介抱されている様だが、遠目だったからそれが女の子だと言う事は分かったが、誰なのかは確認出来なかった。

「なんなんだホントにもう・・・」

苦々しい口調で呟いては見た物のその感情が怒りなのか後悔なのか照れなのかあたし自身が理解出来なかった。そしてこれが更に厄介な事件の序章である事にその時、気が付く事も出来なかった。

★★★

「だって、あんなになるとは思わなかったんだもん・・・」

あたしは則子を問い詰めてみたのだが彼女はすっとぼけた表情で悪びれる事無くさらっとそう言って見せた。要するに彼の気を更に強く引こうとして残りの薬全部を体に振り撒いて教室の前を歩いてみたんだとさ。

そしたら廊下の開け放った窓から強めの風が吹き込んでそれが不幸にも全開にしていた欄間から教室の中に入り込んで中に充満してしまったもんだから中の男子生徒全員に追いかけられる羽目になり、彼らを引き連れそのまま校内を駆け巡ったものだから大騒ぎになってしまったのだそうだ。

「はぁ・・・」

大きく溜息をついては見たが、まぁ、この騒ぎの責任は全て則子に有るとは言えないな。半分、いや、三分の二くらいはあたしの性か。

「さ~~~て、じゃぁあたしは部活が有るからさ」

則子はにこやかに椅子から立ち上がるとすたすたと教室から出て行った。薬の効果でゲットした彼氏が部長を務めるバスケ部のマネージャーは極めて多忙な様で雑用に忙殺され放課後あたしに付き合ってくれることはまず無くて、下校は孤独に一人校門迄てくてくと歩くことになる。そして門の前のバス停からバスに乗って帰宅する。それが日課ではあるが学校と言うざわめきから離れるとなぜか心に隙間風が吹く。

あたしは机の横のフックに引っ掛けた鞄を持つと気を取り直して廊下に出ると、その瞬間、右横から声を掛けられその方向に反射的に振り向いた。

「あ、貴子さん、お帰りですか」
「・・・なんだ、幸か。どうしたんだ?」
「はい、これから部活で部室に行くところです」

へらへらと嬉しそうに笑顔を湛える幸は胸に何冊か本を抱えていた。おそらく図書室から持ち出した物だろうがかなりごつい本ばかりだった。

「なぁ、幸・・・」
「はい、なんでしょう」
「・・・・・・部活って、楽しいか?」

あたしの質問を聞いた幸ののヘラヘラが何となくパワーアップしたような気がした。

「部活が楽しいかどうかと言うよりは、自分が好きな事を徹底的に追いかける事が楽しいんだと思います。部活はそれをするためのツールの一つでしかありません」
「なるほど・・・な」
「貴子さんは何か追いかける物は有るんですか?」

幸の言葉が何故か心にざっくりと突き刺さる。追いかける物・・・随分難しい質問をするじゃねぇか。しかし、改めて問い直されるとあたしにはそんなものは存在しない。何となく過ぎ去る時間を消化しているだけでその後ろには何も残っていない。そう思った瞬間絶対零度の隙間風が胸の中を吹き抜けた様な気がした。あたしは幸に曖昧に微笑んで見せてから右手を軽く上げて別れの挨拶をすると無言で玄関に向かって歩き出した。その一歩々が何となく重い。

これが流されて生きる者の嵯峨さがなのであろうか・・・・・・

★★★

三回目で流石に驚きは無くなった。

爺は昼間の言葉通り夜、あたしの部屋に例の”ぽんっ”と言う音と思に現れた。そして部屋の中に置いてあった食べかけのポテチの袋を目ざとく見つけてぼりぼりと食べ始めた。

「で、どうしたいのさ」
「ふむ、どうしたいとは?」
「昼間言ってたじゃない、あたしに呪術師になれって」
「ま、お前さんの意思次第じゃよ。嫌なら無理矢理にとは言わん、お主の家計はお主だけではないからのう」

血筋などという物は辿れば複雑に枝分かれしている事などちょっと考えればわかる事、ずっと遡れば世界は一家・人類皆兄弟なのだから。

「でも、あたしのところに来たのには何か理由が有るんでしょ」
「いんや」
「無いのか?」
「そうじゃよ、たまたまのまぐれ当たりじゃ」
「じゃぁなんでこんなもんくれたのよ」

あたしは通学鞄の中をごそごそと弄って昼間貰った杖を翳して見せる。

「ふむ、出会いの印という奴じゃ、特に大きな意味は無い」
「あたしが選ばれた勇者とかそう言う事じゃ」
「ない」

気の抜けた否定にあたしの心にひゅるんと冷たい風が吹き渡る。この杖の先にひょっとしたら昼間幸が言っていたあたしの追いかける物が有るじゃないかとちょっとだけ期待しかけていたのだがどうやらそれは無いらしい。

まぁ、そうだ、そんな濡れ手に粟みたいな話がころころ転がっている訳など有る筈がない。もしもあったらあたしは今頃大金持ちになっている筈だからな。

「・・・・・・しかしじゃ」

ポテチを全部食べ切った爺はベッドの淵に背をもたれ、何となくだらんと天井を見ていたあたしに徐に向き直ると恭しい口調でこう言った。

「ある意味、お主でなければならんと言う理由が無い訳でないんじゃよ」
「はぁ?」

爺は真っ白で床に届きそうなほど長い髭をもてあそびながらあたしに打ち明ける様に話し出した。



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