かんぽう恋薬《こいやく》第二話『駆けめぐる青春』

■かんぽう恋薬こいやく 第二話『駆け巡る青春』

「そうかい、楽しかったかい」

月曜日の早朝から人の惚気のろけ話など馬に蹴られて飛んで行けと思ってしまうのはあたしだけじゃない筈だ。則子とバスケ部部長殿は楽しい日曜日を過ごし、別れ際にファーストキスまで交わしたんだそうだ。ああ、良かったね、別にそれが羨ましいとも思わない、何故ならばそれはあたしの功績だから。いや、正確に言えばあの夜現れた謎のじじいの手柄な訳であるのだがな。つまりだ、何が言いたいかと問われれば、己の努力が反映されていない恋愛など最終的に破綻する以外の道はなのだ。則子よあえて厳しいことを言うが、あたしは長続きしないと思うぞ、薬の切れ目が縁の切れ目、青春の1ページとして思い出のアルバムの中でセピア色になる事であろう。

「うふふ、私も処女を失うまでカウントダウンかぁ」
「はぁ?」
「痛いのかなぁ、ちょっと怖いけど私頑張るからね」

則子が撒き散らすハートマークと暴走する妄想にあたしはあからさまに嫌そうな表情をしてみせたが恋に夢見る視界がピンクの女子高生には効果のこの字も無い様だった。

「そうだ、約束通りなんかおごってあげないとね。貴子、何が良い?」
「いや、なんもいらない、もうお腹いっぱいだから」
「あら、随分少食ね。いっぱい食べないと大きくなれないぞ」

いや、そういう問題ではないのだ・・・やはり薬の素性は話しておくべきか。これはひょっとしたら願いをかなえる代わりに魂よこせな案件かも知れないからな。まぁ、その時はこいつも道連れだ、一人だけ不幸になるような真似は絶対にしないのが私の主義なのだからね則子君。

あたしは一度空を見上げる。月曜早朝の気怠さを象徴する様にお日様はさんさんと輝いてはいるものの、ひょっとしたらあんた寝不足なのかと突っ込みを入れたくなるような輪郭のぼけ方に何故かあたしは好意を寄せてみたりする。

★★★

『一時限目・自習』

黒板にでかでかと書かれた文字を読みながら貴子は席に座り、頬杖をつきながら、ぼそっと一言呟いた。

「朝っぱらから態々学校に来てやってんのに、それは無かろうよ先生」

と、思っているのはあたしだけの様で、教室はゆったりまったり状態で真面目に勉強してる生徒は皆無だ・・・ぁそんなもんだろう。自動的に大学まで行けてしまうんだから焦って命をすり減らしてもしょうがない、若さはいかに楽しむかが大切だ。そして、幸に至っては教室にすら居ないし則子も人知れず姿を消した。

幸の行先は見当が付くが、則子は何処に行ったのだろうか?心の底に根拠の無い不安が過るのだがそれを凌駕する今朝の日差しのうららかき事よ、あたしの闘争心ははっきり言って泡のように消え去って上の瞼と下の瞼は強力な磁流波エネルギーにより合体し意識を奪い去った。まぁ、眠いのも若さゆえなのだからしょうがないさ。

★★★

教室のざわめきで磁流波エネルギーに乱れが生じたのかあたしは何となく浅い眠り状態まで意識を取り戻した。突っ伏した机からむくっと上半身を起こして教室の中を見渡すと、クラスメート達が窓際に集まって外の様子をざわざわしながら見ている様子が目に入る。

「なんだあれ?」
「・・・さぁ」
「体育の授業じゃねぇよな」
「マラソンにしたってあんな走り方はしないだろうよ」

外の様子に対する皆の感想の様だがその内容から状況を把握することは出来なかった。あたしは眠い目をこすりながらゆらりと立ち上がると皆の後ろでぼそっと呟いてみる。

「なぁ~~~に~~~?」

しかしあたしに応えてくれる者はいなかった。しょうがないから窓際の皆を無理矢理押しのけて校庭の様子を見た瞬間、眠気は一瞬で吹き飛んだ。そこに見えたのは大集団の鬼ごっこ。鬼は則子、その後方をまるでゾンビと化した大集団が追い掛け回す光景だった。この現象の原因は瞬間的に察しがついた、法子があの薬の使い方をミスったのだ。何かの拍子に効力を暴走させて則子に強力な恋心を抱いてしまった男子生徒が彼女を追い回しているのだ。

「やりやがったな、則子!」

あたしが教室から全力のダッシュで走り去りったのを窓際の生徒達が訳も分からず見送っていたような気がひたがそんな事を気にしている場合ではない、あの薬の持続力や副作用等など々、詳細は今のところ謎のままだ。だったらそんな物を親愛なる友人に渡すなよと激しく突っ込まれそうだがあたしだって追い込まれていたのだ。

息を切らしてとりあえず校庭に出てはみた物の、みるみる膨らんで行くゾンビの集団を何とかする為の手段が思いつかない。

「どうしたんです?貴子さん」

突然背後から現れた幸は防毒マスク姿であたしを見ていた。幸よ何処からそんな物持ってきたんだって、そうか、科学部の備品か。そして幸は防毒マスクの中から聞こえるくぐもった声で現状を分析して見せた。

「これはたぶん、何かの匂いに反応して、追っかけっこになってるみたいですねぇ」

変に偉そうな言い様に少しむかついたが幸の言う事はたぶん当たりなのだろう。男子には分かるが女子には分からないにおい、ゾンビの集団はおそらくそれに操られているのだ。

「そこまで分かるんなら、何とかしなさいよ」
「なんの匂いか良く分からないので解毒剤作れませんねぇ、それに下手ににおいを嗅ぐと私もあの集団の仲間入りですので」

などと、不毛な会話をしている間に則子はあたしたちが突っ立っている玄関めがけて猛スピードで突進していく。

「貴子助けて~~~!」

ドップラー効果と共に則子は校舎の中に逃げて行く。それに続くゾンビの一団、鬼ごっこの集団は隈なく校舎を走り続けている様で、校舎のあちらこちらで悲鳴や怒号が飛び交った。そのお陰で奴らがどこを走っているのか手に取る様に分かる。

そして再び則子が玄関を飛び出し泣き声と共に校庭に戻って行った。間髪入れずにゾンビの集団もその後に続いて校庭向って一気に押しかける。その集団は更に膨れ上がり、どうやら校舎内の全員が追いかけっこに参加している様だった。事実、貴子のクラスメートの顔も見られたし、教師達はおろか売店のおばちゃんまで参加して、一大イベントになりつつある。その様子をあたしと幸は呆然と見送るしかなかった。

「絵に描いたような雪ダルマ式ですね」
「・・・惚けてないで何か考えろ、幸」

しかし、幸の雪だるま式と言う表現は適切で、事態は大きくなるばかりで一向に収まる気配が無い。その原因は、誰も脱落しないからだ。かなり高齢の校長なんかは全力で100メートルも走ったら動けなくなりそうな物なのだが先陣を切って走っているし、結構どすこいな生徒や教師も全く疲れている気配が無い。

どうやら事態を傍観しているだけでは解決に結びつきそうには無かった。それにこんな大騒ぎが何時間も続いたら、付近の住民が不審に思い警察沙汰にもなりそうだ。

その万事休すの極限状態で脳裏にふわりとある言葉が過る。あたしはその言葉に最期の望みを賭けて校庭をぐるりと囲っている銀杏いちょうの木目掛けて全力で走り出した。

「あ、あれ、どこ行くんですか貴子さん!!」

幸があたしを呼び止めたがそれを完全無視してあたしは走る。あたしを追いかけて幸も走り出した様だがどうやら三十メートルほどで力尽きたらしく後ろに気配を感じない。防毒マスクなんて通気性が良くない物をつけて走れる訳が無いだろう。チラッと振り向いてみると、幸が力尽きて倒れた上を則子が駆け抜けたらしくゾンビの一団に揉みくちゃにされてボロ雑巾と化し校庭の片隅でその姿を晒す事になった。

あたしは銀杏の木の陰に隠れ、誰も自分を見ていないのを確認してから大きく息を吸い込んだ、そして力任の大声で叫ぶ!!

じじぃぃぃぃぃ~~~~~!!」

あたしの脳裏に浮かんだ言葉はあの時、あの爺が言った言葉、用事が有ったら呼ぶが良い・・・だった。


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