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山本彩 LIVE TOUR 2020ファイナル公演とコロナ禍の我慢のこと

令和2年8月28日、山本彩ちゃんの2020ツアーファイナル配信を観ました。

3月に行く予定だったライブツアー。私は香川公演に参加する予定でした。結局香川まで順番が回ってくる前に、ライブツアーはたった三公演で幕を閉じてしまいました。
2020年にいくつも生まれた「開催されるはずだった」コンサートのひとつです。
普段チケット運のない私が珍しく1階席のチケットが取れて、中止が決まった時は自分でもびっくりするくらい泣いたのを覚えています。

それから延期、延期を重ねて、最後には中止と払い戻しが発表されて、私のチケットも無事払い戻しが終了して。最初に「中止」の報を聞いた時は悲しくてすごく泣いたのに、そういえばそれ以降は全く泣かなくなっていました。

2020年と「現場」

なんてったって3月生まれの私の今年の誕生日プレゼント、半年前からずっとずっと楽しみにしていて友人がチケットを当ててくれた時には飛び上がって喜んだヒプノシスマイク5thライブの中止連絡です。
マジで誕生日当日に来ました。そんなピンポイントで誕生日の夜に告知せんでも(3月末にメットライフドームで開催予定だったのですよね……)
その時もむしろショックというより安心したのを覚えています。その当時はライブハウスでのクラスター感染が話題になっていて、参加者がしきりに批判されていた頃でした。もし同じ会場にいた数万人のうち一人でも感染していたら?同じ会場にいた、というだけで、否、「東京に行った」と知れただけで、どう批判されるか分かったもんじゃなかったような時期……。

私は地方に住んでいるし、未だに職場内での感染者も出ていません。田舎ネットワークの怖さはコロナ禍の期間にいろんな地域の方が発信していたので皆さんご存知だと思うんですが、「他人の迷惑を考えない馬鹿」「地域に病気を持ち込んだ厄介者」として晒し者にされること、家族に絶対感染させるわけにはいけないこと、職場でもまだ罹患者が出ていないので、十中八九大々的に報道されて身元と行動履歴が不特定多数に公表されること…………。
そのリスクと天秤にかけたとき。

きっと自己防衛なのかな?と思うのですがだんだん「行けない」ことへのショックが薄くなり、「まあ当たり前だよね」に変わっていきました。立て続けの中止・延期の知らせにショックも受けず、「まあそうだよな」「そりゃあ無理だよな」「そもそも行けんしな」と淡々と気持ちを処理するようになってしまっていました。

東京の罹患者が3桁デフォルトになり、職場のルールで「関東・関西に行った者は名乗り出るように」「感染者の多い地域から帰ってきた奴は自宅待機(もちろん人事にも報告がいきます😉)」というお達しが出て、友人が当ててくれた舞台のチケットをリセールに出した時も、口癖のように「仕方ないよね」「万全の時に行きたいし」「今行っても楽しめないと思うし」と繰り返して、傷つかないように、数ヶ月間「現場が楽しみ」の気持ちを殺して過ごしてきたような気がします。

その分、自棄を起こしたような浪費や買い物が増えました。どうせどこにも行けないんだからいいじゃん!と普段なら我慢できるようなネットショッピングをしまくったり、同じ服の色違いを何枚も買ったり、DVDを買い込んだはいいけれど1回も再生していなかったり。

この期間、そういう人が結構多いんじゃないかと思います。特にイベントが開催される地域に行っただけで目の敵にされるようなムードが漂っている地方民には。
そんな時に無観客ライブ配信でという形で行われたのが山本彩2020年全国ツアーファイナル公演だったわけです。前置きが長くなりましたね。

私にとっての「α」公演

ライブ配信が始まったときまず思ったのは、「あ、この会場に私はいるはずだったんだ、この景色を見ているはずだったんだ」ということ。

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とっくに手元を離れたチケットのことがふと頭に浮かびました。

これイチリンソウ歌われたら泣くよな、と思った瞬間案の定(?)1曲目がイチリンソウだったので、その瞬間からもう涙腺がだめでした…………

ただ俯いて歩いていた 僕は春を見落としてた
どれくらい時が経ったのだろう 桜の花びらが舞っていた

ようやく見られた感動というより、「あ、私ライブに行きたかったんだな」「彩ちゃんに会いたかったんだな」「ここにいたかったんだな」「これを生で見たかったし聴きたかったんだな」という気持ちが爆発してしまって、それからはずっと泣きっぱなしでした。

ライブのチケットが当たった日のこと、
当日はどんな服を着ようかと計画を立てて、3月のコンサートの予定だったので、彩ちゃんを真似てライダースを着ようと考えてわくわくしていたこと、
彩ちゃんに憧れて髪をショートカットにしたこと、
ライブに持っていくために鞄を買ったこと、
最初の中止連絡の夜、「1階席」と書かれたチケットを見ながらボロボロ泣いたこと、

昔から「いい子になろうとしてしまう」のが悪癖なんですが、このコロナ禍でもそれが見事に発揮されており、
コンサート予定だった日にYouTubeでアコースティックライブを配信してくださったり、コンサートを何度も中止ではなく延期にしようとしてくださったり、
「それだけで幸せ」「それだけで満足」「本当にありがたい」、自分に言い聞かせるというより無意識にそれしか考えなくなっていて、私はこれで十分だ!と思っていた、のですが。
むしろ配信が増えて前より充実してて忙しいくらい!!だからコロナ鬱とか退屈とか全然ないです!!と本気で思っていたんですが。

あ、私本当はめちゃくちゃ行きたかったんだ、知らない間にめちゃくちゃいろんなことを我慢して数ヶ月間過ごしてきたんだ、と、蓋してた感情が爆発してしまった感じで、家でひとりで見てたのをいいことに延々子供みたいにしゃくりあげながら泣いていました。いわゆるジブリ泣きである。

彩ちゃんは最高に綺麗でかっこよくて可愛くて素敵で、わたしの大大大好きなパフォーマンスで、
私これを客席から見てるはずだったんだと思うとめちゃくちゃ泣いてしまって、
空っぽの客席に向かって歌う彩ちゃんの後ろ姿を見てまた泣いて、
ライブでこんなに泣いたことないってくらい、びっくりするくらい泣きました。彩ちゃんの卒コンは現地参戦したけどここまで泣いてない…………。

おそらくこの無観客配信コンサートがなければ自分が感情に蓋をしてたことにも気づいてなかったと思うし、「今はこうやって配信がいっぱいあって楽しいです」とニコニコしながら、無意識に我慢して、「本当は行きたい」「本当はこんなことがしたい」を押し殺して、鍵をかけて過ごしてたんじゃないかと思います。

コンサートが開催されなかった悔しさというのも違うし、ようやく見られた嬉しさの涙なのかと言われるとそれも違うような……。数ヶ月分のたくさんの我慢が爆発したとしか言いようがない「ストッパーが外れる」経験をしました。箍が外れたように泣いていた…………。

ちょっと意味がわからんくらい涙が出てくるので、多分、「今は仕方ない」「わがまま言っちゃいけない」を合言葉にして、内心ずっと我慢し続けてきたのかなあ、と思いました。気づいてなかった。

今回のこのツアーは最初の3回の公演で中止になってしまったので、全国行けなかったところが沢山あるんですよね。会えなかった人がいっぱいいる。そう思うと本当に悔しいんですけれども。
本当に、この状況が良くなったら、晴れの日が来た時には、また絶対に、会えなかった人、もちろん会えた人にもまた会いに行けるように、一緒にライブが出来るように、一緒に遊べるように!絶対に皆さんのところに足を運びますので、その時はまた遊びに来てもらえると嬉しいです。
(公演内MCより)

「会えなかった人」のひとりの私はもう本当に、上手く言葉にできないんですが、何より先に涙が出てきてしまう。地方に住んでいるので、「こっちに来てくれる」というだけで嬉しいのに……。

この節目のツアーファイナルでたくさん泣けたの、良かったなあと思います。(円盤化して形に残ったらいいな……😢)

自分でも気づいてなかったような感情に気づかせてくれた彩ちゃんの歌声と最高のステージと、素敵な企画に心からの感謝を贈りたいです。

山本彩ちゃんが大好きだなあと再確認しました。
これ書きながらアーカイブ流してるんですがアンコール明けのJOKERのイントロで顔を覆って泣いてしまった(またかよ)

いつか絶対に会いに行けるように、
その時は満員の客席の中のひとりになれるように。

でもその時が来たら多分また1曲目のイントロで今日のことを思い出して泣いちゃうんだろうな(笑)


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