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百人一首で伸ばす読解力講座第3回:「あしびきの」(柿本人麻呂)

平安時代の歌人たちにとって憧れの存在で「歌聖」とも呼ばれた柿本人麻呂の歌が第3回の歌です。

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む

【現代語訳】山鳥の尾で、長く垂れ下がった尾のように、長い長い夜を一人で寝ることであろうかなあ。

この歌も前半と後半で分かれます。前半は「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」で、後半が「長々し夜をひとりかも寝む」です。

前半は和歌の表現技巧でいうところの「序詞(じょことば)」というもので、「長々し」を導き出す働きをします。「導き出す」と言っても、そのやり方はいろいろあって、この場合は「比喩(ひゆ)」ですね。垂れ下がった尾のように長い、というわけです。

後半は、そんな長い夜(長いということは秋か冬ですね)をたった一人で寝るのだろうか、というのですから、「寂しい」という気持ちなのでしょう。

さて、歌の意味はこのように簡単なのですが、疑問が湧いてきませんか?そう、「長いということだけを導き出すのに31文字のうちの17文字も使っているのはなぜ?ムダじゃない?」です。確かに長いものの例えを出すのに1首の半分以上を使うくらいだったら、他のものに変えて、もっといろんなことを言えそうですよね。「長い」ものは他にもいくらでもあるでしょうから。

ということは、作者には前半にも何か意味を込めたかったということになります。ここらへんが読解力を伸ばすチャンスかな?

つまり「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」してよかった!という点は何かということを考えましょう。

まずはここで「知識」が必要になります。実は「山鳥」というのは「山にいる鳥」という意味だけでなく、「ヤマドリ」という鳥が実際にいるらしいんですね。「デジタル大辞泉」で「ヤマドリ」を引くと以下のように説明がされています。

1 山の中にすむ鳥。山の鳥。
2 キジ科の鳥。日本特産で、本州・四国・九州の森林にすむ。雄は尾が長いので全長約125センチ、雌は約55センチ。全体に赤褐色で縦斑があり、尾には黒い横縞がある。単独または小さな群れで行動し、一夫多妻。雄は繁殖期に翼を羽ばたかせて音をたてる母衣打(ほろう)ちをする。

「尾は長い」のですから「2」の方の意味でしょうね。そして尾が長いのは雄(オス)だそうです。その長さ125センチ!そしてオスは、繁殖期にバタバタ音を立てるらしい。

さあ、ここからが読解力です。この和歌に詠まれている人はどうやら男。バタバタ音を立てるということは寂しがり屋さんかな?そして、一夫多妻の「夫」(オス)の方がこの歌では一人で寝ることになる・・・。とっても寂しい思いがしているでしょうね。

しかもさきほどの「デジタル大辞泉」の説明には続きがあって。

3 《2は雌雄が峰を隔てて別々に寝るといわれたところから》ひとり寝することをたとえていう語。

ヤマドリって、夜はオスとメスが離ればなれで寝るのだそうです。どうですか、この前半部分の役割、まとめられそうですか?独り寝の寂しさを詠むのに、なぜ人麻呂がこれだけの字数を割いて比喩にヤマドリを使ったのか、もうわかりますね。ちなみに「あしびきの」は「山」の枕詞(役目は序詞と同じです)ですが、なぜ「あしびきの」が「山」と結びつくかというと、一説には「山」を登るのって昔は大変で、足を引きずるような状態になってしまうから、なんですって。

この「あしびきの」の歌は、百人一首に選ばれる前に平安時代中期にできた「拾遺和歌集」にも選ばれていました。その拾遺和歌集では「恋の部」に入っています。平安時代の人は、この歌のどこにも恋を思わせる言葉がないのに、好きな女性を想って長い夜を一人で寂しく寝る男性の姿、ととらえていたのですね。読解力ありますねー。


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