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【お砂糖とスパイスと爆発的な何か】知られざるプレコード映画の世界(8)番外編:航空アクション映画の祖『つばさ』(Wings)(北村紗衣)

Wings (1927) film poster.( wikipedia commons より)

 今回の記事で紹介するウィリアム・A・ウェルマン監督『つばさ』(Wings、1927)は、厳密に言うとプレコード映画ではありません。プレコード映画というのはトーキーが始まってからヘイズ・コードが厳密に施行されるまでの映画を指す言葉です。サイレント映画である『つばさ』はこれに該当しません。
 
 それなのにこの連載で『つばさ』をとりあげるのには、ふたつ理由があります。ひとつめとして、『つばさ』はプレコード映画に見られるような描写は既にサイレント映画にもあったのだ、ということを説明するのにぴったりの作品だからです。ふたつめとしてあげられるのは、『つばさ』は航空アクション映画の祖と言われる名作で、第1回アカデミー作品賞を受賞しており、単純に面白いからです。サイレント映画というと敬遠してしまう人も多いと思いますが、見て損はありません。

◆航空アクション映画の祖

 『つばさ』はアメリカの田舎町で始まります。お金持ちの息子デイヴ(リチャード・アーレン)と庶民的な家庭出身のジャック(チャールズ・“バディ”・ロジャース)は都会から来たシルヴィア(ジョビナ・ラルストン)を狙う恋のライバルです。メアリ(クララ・ボウ)はジャックに夢中ですが、ジャックは友達としか思っていません。シルヴィアはデイヴと相思相愛です。
 
 やがてデイヴとジャックは第一次世界大戦の航空隊に入ることになります。シルヴィアはデイヴ宛に写真を用意しますが、ジャックはこれを自分宛と勘違いし、シルヴィアに好かれていると思って出征します。出征するジャックを気の毒に思ったシルヴィアはこれを訂正せず、デイヴには本当のことを打ち明けて愛を確認します。一方、メアリは女性自動車部隊に入ります。
 
 新兵訓練でジャックとデイヴはライバルになりますが、ボクシングの試合で互いの力量を認め合って親友になります。2人は航空隊で活躍し、エースパイロットとなったジャックはパリで豪遊します。同じくパリで任務についていたメアリは、泥酔して人事不省のジャックを助けようとしてホテルの部屋にいるところを誤解され、風紀を乱したとしてアメリカに送り返されてしまいます。
 
 ひょんなことからシルヴィアの写真が実はデイヴ宛なのにジャックが気付きそうになり、デイヴは宛名を隠そうと写真を破いてしまいます。ジャックが怒っているところに出撃命令が入り、2人は出陣します。デイヴの乗機はジャックをかばって戦う中で墜落しますが、デイヴ自身は危うく一命をとりとめます。ジャックは親友が戦死したと勘違いし、復讐に燃えます。
 
 デイヴは敵機を盗んで帰還しようとしますが、ジャックの乗機と鉢合わせします。ジャックは相手をドイツ兵だと思って攻撃し、デイヴは親友に撃墜されます。敵と思って殺そうとした相手が親友だったことに気付いたジャックは衝撃を受けます。デイヴはジャックの腕の中で死亡します。
 
 ジャックはデイヴの遺品からシルヴィアの真の想いを察します。戦争の英雄として故郷に帰ったジャックはデイヴの両親に会い、許しを得ます。ジャックはメアリと再会し、泥酔した時に出会った相手がメアリだったと気付かないまま、パリで妙な女性に会った話をします。メアリは真相を打ち明けないまま、2人は結ばれます。

 監督のウェルマンとデイヴ役のアーレンは実際に第一次世界大戦中に航空隊に入っていた経験があり、ロジャースもこの映画のために飛行訓練を受けています。撮影中に大事故も起こっていますが、航空アクションは大変な迫力です。
 
 パイロット同士の友情やリアリティへのこだわり、敵機を盗んで帰還する展開なども含めて、『つばさ』は今年のアカデミー作品賞候補になった『トップガン マーヴェリック』(2022)によく似ています。『トップガン』第1作が作られた1986年時点では『つばさ』はまともなフィルムが残っていない状態で、完全な形で修復されたのは1990年代に入ってからであるため当時はあまり見たことのある人はいなかったかもしれませんが、『つばさ』は『トップガン』シリーズをはじめとする航空アクション映画の祖先と言えるでしょう。

◆映像的な工夫

 『つばさ』は単に好戦的なだけの映画ではありません。親友同士がちょっとした行き違いで殺し合ってしまう展開は、第一次世界大戦残虐で非人間的なものであったことを訴えています。ジャックがデイヴを誤って殺してしまったことについて、フランス兵は「これが戦争なんです」と言いますが、この冷たい諦念が映画の幕切れを支配しています。
 
 デイヴが死ぬ場面ではおびただしい数の十字架が並ぶ墓が飛行機の背景に見えており、ある意味ではシュールで不気味です。この不自然とも言えるショットは、勝利が多数の犠牲によってもたらされたこと、英雄としての称賛と悲惨な死の間を隔てるものがほとんどないことを映像的に示唆しています。これは第一次世界大戦を経験した作り手たちの実感に近い表現だったのでしょう。
 
 戦争描写以外にも映像的な見どころがたくさんあります。航空アクションが始まる前の田舎町の場面で、ぶらんこが動く躍動的なショットがあります。とくに面白いのはパリのクラブの場面で、映画史上有名なトラキングショットがあります。このショットではクラブでお酒を飲む人たちのさまざまな人間模様(かっこいいレズビアンのカップルもいます)が面白おかしく映され、悲惨な戦争と、束の間の楽しみを求める人々が対比されています。さらにこの後、田舎育ちであまり遊び慣れていないジャックが、シャンパンがグラスにつがれるところを見て、酔っ払ってシャボン玉のような泡の幻覚を見る場面が続きますが、ここもけっこうぶっ飛んでいます。

◆エネルギッシュな女性

 ウェルマンは自身がパイロットであった一方、 『スタア誕生』(1937)のような女性映画や人間ドラマも得意でした。このせいか、『つばさ』に登場する人物で一番個性的なのはおそらくジャックを一途に愛するメアリです。『ミス・ダイナマイト』でヒロイン役だったクララ・ボウがメアリを演じていますが、エネルギッシュで大胆な現代女性である一方、軍紀違反を犯しそうになったジャックをかばって汚名をかぶる自己犠牲的なところもある女性です。子どもっぽいジャックがメアリの想いをあまり理解しておらず、男性
2人のブロマンスに隠れてあまり出番がないのは残念です。
 
 メアリは田舎に住んでいた頃から車好きで、運転手として自ら従軍しています。この少し後に第一次世界大戦を扱った航空アクション映画『地獄の天使』(1930)でもヒロインのヘレン(ジーン・ハーロウ)がチャンスを狙って兵士向けの食堂で働き始める描写があります。こうした展開からは、おそらくこのように愛国心とか野心、好きなことをしたいという気持ちのため、男の世界だとされていた戦争に関わる仕事を始める若い女性が自然なものとして受け入れられていたのだろうということがわかります。

◆クマのぬいぐるみ

 戦争映画ではありますが、現代の我々が想像するマッチョな戦争映画に比べると、『つばさ』は男性同士の優しい感情や弱さを温かくポジティブな視線で描いています。
 
 若い男性の優しさを描く上で大きなポイントとなっているのが、小道具として登場する小さなクマのぬいぐるみです。デイヴは幼い頃に遊んだクマのおもちゃを母がとっておいてくれていたことに気付き、戦場に持っていくことにします。車椅子にのった父親(ヘンリー・B・ウォルソール)は出征するデイヴに、「そんなクマじゃあ小さくて、お前のためにたいして戦ってくれないぞ」と、冗談を言いますが、デイヴはクマを握りしめて幸運のお守りだからと言って家を出ます。
 
 この後に、デイヴやジャックと別の兵士であるホワイト(ゲーリー・クーパー)とが交わす会話で、この種のお守りを持ってきている若い兵士が戦場にはたくさんいることがわかります。ホワイトはいざとなったらお守りなんか役に立たないと言いますが、デイヴはジャックに「あいつはたぶん正しいよ、でも地面を離れる時はこのクマと一緒に行くんだ」と言って、お守りの精神的な効果を強調します。
 
 ところが、ジャックはデイヴとシルヴィアのことで険悪になった際、クマを忘れて出撃してしまいます。この後、デイヴが戦死したと勘違いしたジャックはかたきをとるためクマと一緒に出撃します。最後にジャックは亡きデイヴの形見として家族にクマを返します。
 
 このクマの描写は、一見ジャックよりも大人らしい振る舞いをするデイヴの内側にある少年のような繊細さをあぶり出す一方、男性がこうした形で不安や優しさを表に出すことを肯定しています。第一次世界大戦の際にはこうしたお守りは非常に人気があり、戦場へ行く兵士の多くが持っていました。成人男性がぬいぐるみを可愛がると、現代でも男らしくないと見なす人がいますが、この映画ではデイヴがクマを可愛がるのは出征する不安な男性にとっては当たり前の振る舞いとして描かれています。『つばさ』は、戦争に行くのは怖いことにきまっているし、可愛いものや思い出が詰まっているものを愛でるのはそういう時には必要なのだということを描いています。

◆男たちの優しさ

 デイヴの死に際してジャックが熱烈なキスをするところは、アメリカの大作映画としては男性同士のキスをきちんと映した最初期の例のひとつとしてよく知られています。その直後、「君との友情よりも大事なものはこの世にないんだよ」と言うジャックに対して、デイヴは「わかってたよ。ずっとね」と言います。この2人の間に流れる熱いロマンティックな感情は同性愛的だとも解釈できる一方、むしろヘテロセクシュアルの男性同士がこういうことをしてもおかしいと思われなかったということが重要なのかもしれません。

 このキスはおそらく、第一次世界大戦やその後のアメリカでは、男性同士、とくに戦友が熱烈かつ優しい感情を身体的接触によって表現することが今ほどタブー視されておらず、男らしくないとも見なされていなかったことを示しているのでしょう。

 ヘイズ・コードが厳密に施行されるようになった後はこういう表現はあまり見られなくなります。ヘイズ・コードがとっくに廃止された現代でも、男性同士がベタベタするとゲイっぽいと言われたり、男らしくないと言われたりすることもあると思いますが、優しさや弱さ、熱烈な感情は性的指向を問わず誰にでもあるもので、男性だからそうした感情の表出を控えなければならないということはありません。この2人が実は同性愛的な感情を抱いていると解釈してもいいですし、異性愛者男性同士がこういう優しい感情表現をためらいなくできることに今とは違う時代の雰囲気があるのだと解釈してもよいでしょう。

 『つばさ』は恋愛あり戦争アクションありの波瀾万丈の物語で、王道の娯楽作です。トーキーが始まった後のプレコード映画につながるような表現もたくさんあります。今年からアメリカでパブリックドメインになったため、有料配信はもちろん、YouTubeなどでも合法的に見られます。サイレント映画の豊かな感情表現を是非、楽しんでみてください。

参考文献
オーウェン・デイヴィス『スーパーナチュラル・ウォー――第一次世界大戦と驚異のオカルト・魔術・民間信仰』江口之隆訳、ヒカルランド、2020。
Vito Russo, The Celluloid Closet: Homosexuality in the Movies, It Books, 1987.

初出:wezzy(株式会社サイゾー)

プロフィール
北村紗衣(きたむら・さえ)

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。
twitter:@Cristoforou
ブログ:Commentarius Saevus

著書『お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門(書肆侃侃房)


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